「健一さんいわく、支配される事は通常『=不自由』と考えがちだけれども、自らの意思や判断、責任といった理性の働きを支配者に委ねて放棄できる訳だから、その点で言えばむしろ『=自由』なのよね。競争や比較、評価といった他者からの視線、劣等感や自虐心などの負い目、自己保身や外面といったプライド……その全てから解放されることをM嗜好の人たち、そう、健一さんは望んでいるのよ」
文子は続けた。
「お悩みサイトに相談したことがあって『嫌なら応じる必要有りません。ほんの少しでも応じたらSMは必ずエスカレートしますので』とアドバイスされたの。ベッドで懇願しながら私を求めている彼を見るたびにその言葉が頭を過るわ。するとムチを持つ手が震えて、本当にこれでいいのかとどこからか声が聞こえるの……」
文子は明らかに高揚し、頬が紅潮している。彼女もまた夫同様に、その“世界”にはまってしまったようだった。
私は軽率な言葉を吐かぬようしばらく口をつぐんだ。理解はし難いが、自分の知らない世界を安易に否定すれば相手を深く傷つけてしまうことを知っている。
幸せを感じるため、生きるために必要な行為が、いわゆる一般的ではない人もいるのだ。それが人に迷惑を掛けるものではなく、本人が生きるために必要な行為なら……。
「お互いがハッピーなら別にいいんじゃない? ケガしないようにね」
そう言った私に文子は満面の笑みを向けた。
Text:女の事件簿調査チーム
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