下北沢の名店マックの味を受け継いだウルトラ
料理芸人のクック井上。です！
‟飲食店は開店してから、2年以内に半数が閉店に追い込まれる”。
というデータがある中、町には何十年もの間、お客に愛され続けてきた洋食屋さんがあります。
そんな老舗の洋食屋を巡り、その想い、歴史、人、町に触れる連載コラム【洋食天国】。
vol.8は、経堂『洋食バル ウルトラ』にやって参りました。
こちらの創業は2012年2月と、老舗店というわけではありません。しかし、そこには受け継がれた想いと味が……。
詳しい話は後回しにして、早速お邪魔します。
ウッディーな店内には、カウンターと奥にテーブル席があります。
腕を振るうのは、店主・石田幸路さん。
カウンターの中で、優しい笑顔でハンバーグの種を捏ねてらっしゃる店主・石田幸路さん。
実は、2008年に惜しまれながら33年の歴史に幕を閉じた、下北沢『洋食屋マック』の店主・石田重孝さんの次男で、下北沢で長年愛されたその味を、経堂の地で受け継いでいるのだ。※当時、下北沢のマックと言えば、某有名ハンバーガーチェーンの事ではなく、『洋食屋マック』だった！
『洋食屋マック』は、僕の奥さんが小さい頃から家族と通っていた思い出のお店で、結婚前、何度も一緒に訪れたお店。
今回は、その頃よく食べた、思い出の「ハンバーグ＆生姜焼きセット」をオーダーしたいと思います。
お願いしまーす！
捏ねられたハンバーグの種を、薄く幅広に成型し、いざアツアツのフライパンにON！
早くも食欲をそそる香ばしいハンバーグのアロマがカウンターを越えてやってきます。
そしてひっくり返すと、100点満点の焼き目がお目見え。
薄く成型したハンバーグがプクっと膨らみ、僕の腹がグゥっとなったその瞬間、ジュっとソースが注がれた！
ああぁぁぁぁー、もう、視覚だけで既に美味しい！
そして、もう一つのフライパンには薄切り豚ロース肉が並べられ、特製の生姜焼きのタレが注がれて、このヴィジュアルです！
あっという間に、ご飯泥棒の二大巨頭が調理され、着皿。
ヤッホー！ 男の夢のような一皿。
ズームイン！
じゅるり……、控え目に言って、最高です！！
四の五の言わずに、いただきましょう。
洋食ですが、ナイフ＆フォークではなく、お箸で頂くのが気分。
どこから箸をつけるか迷いますが、まずはバーグから♪
つけ添えのキャベツと共にオンザライスし、ミニバーグ丼にして、わんぱくにパクっ！
懐かしい……、これこれこれこれ（涙）。
下北沢の細い階段を下りた地下にあった『洋食屋マック』の味、そのものだ！
ソースは、やや甘めで、しかし深さを感じる、ザ・昭和なソース。ハンバーグはフワッと柔らかさを感じつつ、肉肉しさもしっかりな食感で、旨味も十分！
誰の舌もホッとさせるけど、自宅ではなかなか出せないという、理想的なハンバーグだ。
このハンバーグだけでご飯2膳はイケそうだが、そう、この皿にはまだ生姜焼きが控えている。
そして、こういう事をしちゃいましょう。
生姜焼きで、シャキシャキのキャベツとツヤツヤの炊きたてご飯を巻き付けて…
必殺！ 勝手に肉巻きおにぎり！
どうしよう……、美味すぎて涙出る……。
甘さ×醤油の塩気×炒めた香ばしさ×生姜の爽やかな香りを纏った肉が舌についた瞬間、脳全体を幸せが包み込むという魔力。
噛めば、ロースの赤身の旨味と脂身の甘さが染み出て、それらが瞬時にキャベツとご飯に行き渡り、噛んで口内調味した時には、自然と頬が緩み、口にした全ての人が半笑いになってしまう。
ここからはフリースタイル！
うっすらと味付けされた、つけ添えのスパゲティをおかずにしても◎だ。
ハンバーグを崩しながら一緒に食べれば、ミートソース風にもなり、そうなれば、もはやつけ添えではなくメインに早変わり。
そして、生姜焼きにハンバーグのソースを纏わせれば、ポークチャップ風！
そう、このプレートは、食べる人次第で色んな味に変化して、主役だらけになる‟大人のお子様ランチ”なのだ！
さぁ、あとは食べて食べて食べ進めて……、気付けば生姜焼きとハンバーグ、そしてご飯が一口ずつ。
最後のひと口は生姜焼きか？ ハンバーグか？ 悩んでいるうちに、ほぼ同時に口に掻き込んだ！
ゆっくり食べなきゃ体に悪いのだろうが、マッハの5分で食べ終わってしまった！
大満足で、「ご馳走様でした！」。
下北沢マックの名を名乗らなかった理由とは？
なんとも幸せホルモンのセロトニンが出まくり状態ですが、ここで店主・石田幸路さんにお話をお伺いしたいと思います。
── こちらのお店の名前を『洋食屋マック』にしなかった理由はありますか？
石田幸路さん マックは洋食屋と定食屋の間のようなお店、まさに男メシの定食洋食でした。私は、カップルの方などにもお酒も楽しんで貰えるお店をやりたかったので、‟マック”という屋号を使わなかった。‟マック”と名乗ったら、昔からのファンを裏切る事になるでしょ？ だから使わなかったのです。
── なるほど、『洋食屋マック』の味は残すけど、業態としてはバルなので使われなかったんですね。“ウルトラ”という店名の由来はなんですか？
石田幸路さん 店名の由来は、カタカナで何かいいの無いかなと考えている時に、イタリアのスーツメーカーで「ウルトラ社」があって、なんか凄そうだなと思って、つけちゃいました（笑）
── あははは、そうなんですね（笑）経堂にお店を出された理由はありますか？
石田幸路さん まず、条件として駅から近くてメインどおりから、ちょっと1本入ったところで、カウンターが広くてフラット、というのがありましたが、ここは条件がちょうどバッチリだった。あと、港区・渋谷区・世田谷区など、以前自分が働いたり住んだりした場所の物件、40軒くらい見て周ったんですけど、お店に入った時に、「十年後、自分がそこにいるのを想像できるか？」という基準で考えた時に、ここはアリアリと想像できたんです。イメージとか、周りのお店のお客さんの入り具合とか考えますが、自分がそこに立っているのが想像できるかが大事だと思います
── それ、名言ですね！ これからお店を出される方にも参考になると思います。
『洋食屋マック』は惜しまれながらの閉店でした。閉店の理由は、なんだったんでしょうか？
石田幸路さん マックは33年続きましたが、親父が50歳半ば頃「こんなに早く年を取ると思わなかった」と。十二指腸潰瘍などもやって、体力の限界で閉めました。職人なので、自分の思い通りの動きができなくなってきたのが我慢ならなかったんだと思います。親父は、1日で相当な数のハンバーグを焼いていましたが、お客さんにとっては、その1枚の為に来てるわけで、その1枚に入魂できないならやめたほうが良いと。お客さんは美味しい美味しいと食べてくれていましたけどね。
── とても真面目な方だったんですね。
石田幸路さん はい。昔、私がマックにいた頃、ダスターをポンと置いているのを怒られて、「ダスターも決まったところにキチンと置け。そこに気付けない奴は、あれも気付かない、これも気付かない」と。その頃はムカついたこともあったんですが、今思えば、仕事への向き合い方を学びました。誰から評価されるわけではないのですが、自分をだますのは辞めようという事です。
── 神は細部に宿るという事ですね。そんなお父様が営まれていた『洋食屋マック』には、いつ頃働いてらっしゃったんですか？
石田幸路さん 高校卒業して、3店舗ぐらいの飲食店で働いて、その後は海外に行きました。カナダ、ニューヨーク、イスタンブール、ネパール、インド、タイ……、給料は飯と寝るところだけって時期もありましたが、言葉は話せなくても料理ができれば徐々に給料をもらえるようになりました。大して言葉は話せなくても、料理が言語でした。帰国後、また日本で3店舗くらい働いて、最後にマックですね。
── 色んなご経験を経て、『洋食バル ウルトラ』をオープンされたんですね懐かしい『洋食屋マック』メニュー、海外の味…、色んなお客さんが楽しめるバルですね。
石田幸路さん はい、地元のファミリーが来てくれたり、仕事終わりの1人暮らしの方が来てくれたり、憩いの場になっています。最近は、インスタなんかを通じて、若い子が来てくれたりもしています。
2008年、惜しまれながら閉店した『洋食屋マック』の名前を名乗らずに、その味と想いを継承する『洋食バル ウルトラ』のお話をお伺いしました。
下北沢のランドマーク的存在だった『洋食屋マック』の味は、今、小田急線で4駅離れた経堂の地で、確かに息づいていました。
最初の方に書きましたが、『洋食屋マック』は、僕が小さい頃から通ったわけではなく、“小さい頃から通っていた奥さんと何度か行った”という洋食屋さんでした。ただ、その何度かの経験以上の懐かしさが、僕の中にあります。
『洋食屋マック』での、奥さんの思い出話を聞きながら食事をした事で、思い出や懐かしさを共有していたんだと思います。老舗の洋食屋さんというのは、そういう存在なのだと、あらためて気付かされました。
皆さんにも、そんな‟思い出の洋食屋”がありませんか？
是非、自分の思い出の洋食屋に友人や恋人や家族を連れて行ったり、連れて行かれたりしてみて下さい。思い出の味の共有、素敵な体験になると思います。
というわけで、今回は経堂『洋食バル ウルトラ』にお伺いしました。石田幸路さんありがとうございました。
日本人みんなの憧れの「洋食」という名の和食文化、まだまだ東京のあちらこちらに有りそうです。まだまだ巡って、その想いや歴史、人や町に触れたいと思います。
洋食バル ウルトラ
東京都世田谷区経堂1丁目19-2 松菱ビル 1F
TEL 03-6413-9326
営業時間 ランチ11:00～15:30（L.O.15:00）、ディナー18:00～23:00（L.O.22:30）
定休日 日曜日
Text：Cook Inoue
Photo：Riki Kashiwabara
Edit：Takashi Ogiyama
クック井上。プロフィール
お笑いコンビ「ツインクル」のクック井上。です！ 芸人でありながら、食のイベントMC・料理教室講師・食のプロデュース等も！ ●フードコーディネーター●ホームパーティー検定●食育インストラクター●野菜ソムリエ●BBQインストラクター●アスリートフードマイスター●こども成育インストラクター●パエリア検定 など食に関する資格も多々あり。
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