剛はケーキの蝋燭に火をつけた。志帆は驚きすぎて何も言えずに立ち尽くし、嬉しいのに涙が溢れて止まらなかった。誕生日をそんな風に祝ってもらったのは初めてだったのだ。誕生日をどうやって知ったのかを尋ねると「食堂でドラえもんと誕生日が一緒と言っていただろう」と剛は笑った。
数日後、お礼に志帆は剛を晩御飯に招待した。剛は部屋を見回すと「何もないな」と笑い、すぐに洗濯機を、寒くなると石油ストーブ、湯沸かし器を買ってくれた。
しばらくして二人は付き合うようになったが、それまでには随分時間が掛かった。当時志帆は17歳、剛は29歳。年齢がひと回り違うことを剛がひどく気にしていたからだ。
付き合うことになってすぐに「一緒に住もう」と剛が提案して来た。志帆は喜んで承諾したが、志帆の部屋は解約せずにそのままにした。いつでも帰れる場所を残しておいた方がいいと剛が言ったのだ。
「働いた金は全部貯めておけ。必ず必要になる日が来るから」
そう言って剛は生活費のすべてを払ってくれた。
18歳の誕生日を迎えると運転免許を取るようにいわれ、費用も剛が出してくれた。同時に新しくオープンするホテルで客室係の仕事を募集していることを教えてくれた。
「あんな立派なホテル、無理」
そう言う志帆に剛は「絶対不可能ってわけじゃない」と強く勧めた。そして……なんと採用。目の前の景色が変わるほど嬉しかったが、それ以上に剛が喜んだ。
「お祝いだ!」と志帆をトラックに乗せ剛が向かったのは鳥取砂丘。見たことのないスケールの景観に圧倒されていると「世界は広いんやで」と剛は言った。
食堂にこれまでの感謝を伝え退職。ホテルに通勤するようになると軽自動車がやってきた。剛が志帆の通勤用に買ってくれたのだ。運転席に座ってはしゃぐ志帆を見て、剛も嬉しそうに笑った。
安心、愛情、生きる喜び、そんな望んだ以上の幸せを感じながら「ずっとは続かないのでは」と志帆は怖かった。志帆は結婚を望んだが「志帆が28歳になってもそう思っていたらしような」と剛は笑った。
そんな日々に終わりが来た。