いつも楽しげに明るく笑う、元気の塊のような女性がいる。
人は恐らくそんな彼女に壮絶な過去があったとは想像しない。もし、隣の芝生が青く見えたとしても、それは相手の表面からあなたが勝手にイメージを膨らませた妄想に過ぎないかもしれない。
※この記事は取材を元に構成しておりますが、個人のプライバシーに配慮し、一部内容を変更しております。あらかじめご了承ください。
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幼い時に両親が離婚した志帆(仮名)は、兵庫県にある父方の祖母の元で育った。母の顔は知らない。どうやら志帆を置いて男と逃げたらしい。
中学に上がる前、年に数回ほどしか会わなかった父との暮らしが始まった。父の弟夫婦が祖母の家で同居することになり、志帆の居場所がなくなったのだ。けれど、ようやく親と住めることになった志帆は単純に嬉しかった。
父に「良い子」と思ってほしくて、我が儘も言わずに家事を一生懸命にこなした。けれど、志帆のそんな思いもむなしく、一年も経たずに父は暴力を振るうように。
ある日の深夜、酒に酔って帰宅した父は寝ている志帆の腹や背中をいきなり蹴った。志帆はわけが分からず恐怖に怯えながら「ごめんなさい、ごめんなさい!」とひたすら謝り続けた。
その夜を境に父の暴力は日常化。包丁が飛んで来たこともあった。機嫌の良い日でさえ安心はできず、父が寝静まるのを待ってから眠るようになった。
そんな「怪物」と暮らす志帆にとって学校に怖いものなどなかった。いじめを見かければ真っ向から抗議する志帆を友達は「強い」と称賛。けれど、下校時に公園に立ち寄っては四つ葉のクローバーを探し、何事も起こらない夜を祈った志帆の弱り切った心中など誰も知らなかった。
高校に入学すると父から理不尽な要求をされるようになり、それを断ると凄まじい暴力が待っていた。逃げ場はどこにもない。父の目前で、手首をカッターナイフで切って見せた。
生きているのが嫌だったが、死ぬのは怖くてざっくりと切ることは出来なかった。「死ぬ気もないくせに」と吐き捨てるように父は言った。
「いつか殺される」
そう感じた志帆は翌朝まで待てず、5千円を握りしめて父に見つからないよう裏口からそっと家を出た。生きるために、友達も学校もすべて捨てた。
公衆電話から祖母を呼び出して事情を話すと、祖母の妹の家にやっかいになることになった。長くはいられないため、祖母はすぐさまアパートと働き口を用意してくれた。祖母の妹と付き合いのある食堂だ。
「これからは自分で稼いで生きて行くしかない」
そう言って祖母は家に帰って行った。祖母に二度捨てられた……。不安しかない明日が怖くて、そんな風に思ってしまった。
Text:女の事件簿調査チーム