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BUSINESS ー SONY元異端社員の艶笑ノート

大事なことはみんな女が教えてくれた

SONY元異端社員の艶笑ノート
「社員が恨んだ幕張勤務のウラ話」

2017.5.19
2017.5.19

未来都市のはずの過去の街で働いていた

ソニーに入社して3年目、ぼくは海浜幕張に通う羽目になった。海浜幕張とは、ディズニーランドのさらに千葉寄りで、幕張メッセでイベントがある時に降りる駅といえば知っている人もいるだろう。

ソニーは元々品川から五反田にかけて点々とビルがあり、地元では「ソニー村」と言われていたのだが、そんなソニーが何で幕張に部署をもっていたかというと、これにはワケがあった。すでにバブルは崩壊していたというのに、その幻をどうにも忘れられない超大手不動産会社らが幕張に巨大なビル群を作り、「幕張新都心」と名付けた。

それは「新宿副都心」から名前を拝借したコンクリートの街で、出来た頃は

「ドラえもんが出てきそうな街」

という謳い文句だったが、何年たってもドラえもんどころか、のび太もジャイアンもしずかちゃんも出てこず、まるで巨大なジオラマのようだった。

不幸にして、ソニーもその一つと契約していて、どこかの部署が移転しなくてはならなくなった。それを知った時、ぼくら社員は動揺した。誰もそんなところでは働きたくなかったからだ。当然のこととして、ほとんどの部署から移転反対の声があがったが、どこか運の悪い部署が貧乏くじを引くのだろうとタカをくくっていると、何とぼくのいた部署だった。

そんなわけで、移転当初はみんな怒りに燃えながら毎日幕張に通っていた。

同じビルに入居する他の会社も同じ事情を抱えていた。地続きなのに島流しのような気分に、人は殺気だっていた。ビルの飲み屋では他の会社の人と知り合ったりするのだが、この街がいかにつまらないかという話をすれば、たいてい意気投合できた。

意気投合した人と一緒にナンパしたこともあった。しかし場所が幕張なだけにみんな長時間かけて帰宅しなくてはならず、たとえナンパに成功しても、相手がじきに帰らなくてはならず、いつも不完全燃焼で終わっていた。

今はどうなのか知らないが、ぼくがいた頃の幕張新都心は、未来都市という宣伝文句とは裏腹に、まるで過去の街のようであった。

誰も受けたがらない「理事長」

そんな頃に住んでいたのが深川のマンションだった。
しょせん、アパートに毛が生えたようなものだったが、形だけとはいえ管理組合もあり、各戸全員加入で、2年おきに順番に理事長をすることになっていた。

ある年順番が回ってきて理事長を引き受けたが、無事に2年が過ぎ、ようやく交代のはずが、次の順番の家が何かと理由をつけて逃げ回り、なかなか引き受けてくれず、しまいには管理組合の会合にさえ出て来なくなったので、仕方がなくぼくがそのまま続けざるをえなくなっていた。
他の住人からは

「気の毒だ」

「出来ることなら代わってやりたい」

などと言われたので、だったら代わってくれと思い、いざ交代を打診すると突然ゴニョゴニョいってはぐらかされ、結局ぼくが2年半、そして3年と続ける羽目になった。

このマンションの住人は、何かトラブルがあると、何でもかんでも理事長に相談するようなところがあった。理事長といっても、単なる住人が、順番で仕方なくやっているだけの形式的なものなのに、何かあると理事長に相談に来た。

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