「娘は外資系の証券会社に勤めています。英語も話せますし、仕事はとても順調なようで、とにかく毎日が楽しいと話していました。2人でお酒を飲みながら仕事の話をする日がくるなんて…とちょっと胸熱でしたね、その夜は」。
長女の家に帰ると部屋はきれいに整頓されていた。
「マンションの内見に来た時のことを思い出しました。長女が大学2年生の冬でしたね。次女の入学が決まり、2人暮らしを始めることになり、家族4人でマンションをいくつか内見しました。最寄りの駅から駅から10分以内の2DK。マンションを訪れたのは、去年次女が引っ越しをしたとき以来です」。
長女は次女が使っていた部屋を孝也さんを通したという。
「ベッドには洗濯したであろうシーツがかけられていて、なんだか嬉しくなりました。そういうところきちんとできる人の育ったんだなと感慨深かったです。ただ、次女が使っていたときとは部屋の雰囲気が少し違っていました。友達が泊まりに来ることも多いなんて話していましたね。この前は、海外からの友人が来たって言ってました」。
しかし、孝也さんはその部屋であらぬものを見てしまったという。長女のオトコの痕跡だ。
「私が借りた部屋は次女が使っていた部屋です。スーツをかけるためにハンガーを長女に借りたのですが、クローゼットを開けるとびっくり。荷物が入っていたんです。次女の引っ越しの時に空っぽにしたので、ちょっとびっくりしてしまいました」。
驚いている孝也さんに気がついたのか、長女は「私の服だよ」と言ったという。
「このとき、なんとなく怪しいなと思ったんです。ただ、娘もいい大人です。余計なことを聞くのは野暮だと思ったので流しました。まさか、あの洋服の持ち主があんな人だとは…」。
翌日、朝娘の家を後にすると妻からLINEが入ったという。
「妻も東京に行きたいというものですから、2人で土日とホテルの予約を取っていたんです。夜落ち合う予定だったんですが、その待ち合わせの場所を知らせるLINEでした」。
待ち合わせの場所は長女の家だった。嫌な予感がしたと孝也さんは話す。
「これは何か話があるなと直感的に思いました。昨日泊まった感じからして、男だということもなんとなく想像はついていました。その日は1日気が重かったですね」。
とはいえ、孝也さんは相手がどんな人でも長女が選んだ人なら!とそのときは思っていたと話す。
「紹介するということは、それなりの覚悟もあるわけでしょう。それなら、こちらも大人の対応をしたいと考えたわけです。でも実際に会うとそんな気持ちはどこかへ飛んで行ってしまいました…」。
夜、長女の家で待ち構えていたのは予想をはるかに超える人物だったのだ。
「話を聞くと43歳で仕事は文筆業。代表作はまだないようでしたが、収入はそれなりにあると話していました。出逢いはよく行く喫茶店だったそうです。とにかく、それ以外もいろいろと話をされましたが頭に入ってきませんでした」。
妻は長女の彼氏のことも知っていたようだったと話す。
「妻は45歳なので、彼とほぼ同世代。信じられますか?自分の娘の彼氏が自分と同世代だなんて。僕だったら、絶対にいやです。でも妻は平然としていて、いやむしろ楽しそうに彼と話をしていたんです。僕には本当に理解不能で、頭がパンクしそうでした」。
それでも孝也さんはなんとか親の面目を保ったという。
「ここで拒絶したら、自分の器の小ささを露呈することになると思ったんです。だから、なんとか平静を装ったつもりですが、きっと険しい顔をしていたでしょうね…。食事もと勧められましたが、そこはなんとか断りました。事前に妻とディナーを予約していてよかったです」。
妻と2人のディナーで孝也さんは本音を吐露したという。
「20歳近く年の離れた男を娘が選んだことにショックを受けたんです。なんで…と。僕とだって10歳くらいしか違わないんですよ?ただのおっさんじゃないですか。確かに若い頃、年上の人に憧れるのはわかります。でも彼は娘の仕事の上司でもないですし、憧れるような素質があるとは僕には思えなかったんです」。
【後編】に続く。
取材・文/悠木 律