「昨日ね、不審な人がずっとうろうろしてたもんだから、警察に通報したのよ。それで警察が来てさ、その人捕まえてもらったんだけど、カバンの中にね…」
その話を聞いて葵は、震えが止まらなくなった……。
※この記事は取材を元に構成しておりますが、個人のプライバシーに配慮し、一部内容を変更しております。あらかじめご了承ください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
若くして結婚と出産をし、家族に尽くしてきた主婦の中山葵(仮名・42歳)。
夫は仕事に忙しく、子どもたちも大人になり、有り余る時間を前にしたとき、女性として一人の人間としてのアイデンティティーを問うようになった。
ある日、SNSで見た友人たちの綺麗な容姿に、劣等感を覚えてしまったのだ。そこから虚無感は続いた。
©︎gettyimages
行き場のない気持ちを抱えていた葵は、街なかのショーウィンドウに映った自分を見て、美容院に行こうと思いついた。ロングヘアをばっさり切って、新しい自分に出会うつもりだった。
美容院に思い立って入ってみたものの、葵はまだ落ち込んでいた。うつむいたまま席に通され、担当から挨拶される。それが寺田圭吾(仮名・27歳)だった。塞ぎ込んだ気持ちのせいもあってか、そのときは特に印象に残らなかったという。
施術が終盤に差し掛かるころ圭吾はやっと話しはじめた。
「胸くらいの長さってことだったんで、軽く揃えてみました。どうでしょうか?」
そのとき、葵ははじめて圭吾の存在を意識したという。それはその声があまりにも大好きな俳優に似ていたから。特に趣味もない葵だったが、唯一ドラマにはハマっていた。最近は暴露話で話題を集めている切れ長の目をした俳優が大好きだった。
そのとき、はじめてまじまじと圭吾の顔を確認した葵は、さらに驚いた。顔もそっくりだったからだ。声も顔もそっくりすぎて、葵の表情は一瞬にして、ほころんだ。
まだ会話をしていたくて、その声を聞きたくて葵は思わず訊いた。
「あのっ、髪の毛もっと切ったほうがいいですか?」
「もっと短くても似合うと思います。個人的に、短いほうが好きですね」
思わぬ出会いですっかり自信を取り戻した葵だった。
1か月もしないうちに葵は再び美容院を訪れた。お店に入った瞬間、葵に気がついた圭吾は笑顔で出迎える。
この日は、会話が弾んだ。
©︎gettyimages
「この前あまり話さなかったので、こんなに話す人だと思いませんでした」と葵が伝えると
「僕も同じ気持ちですよ」と圭吾は笑いかけた。
美容院の後の予定を聞かれた葵は、紅茶を買いに行くと話すと、二人ともコーヒーより紅茶派だということが分かった。圭吾は、休日に美味しい紅茶を求めてお店を探すのが好きらしい。
「今度、いっしょに行きませんか? 本当そこの紅茶美味しいんですよ」
紅茶話で盛り上がったが、この突然の誘いは嬉しいより驚きの方が大きく、その問いには答えずなんとなく話を逸らした。だがさらにお互いに観葉植物が好きという共通点も見つかり、圭吾は懲りずに葵を誘った。
「珍しい観葉植物を仕入れているお店、僕知ってるんですよ。今度、いっしょに行きましょう!」
葵はだんだん拒むことに限界を感じはじめていた。
Text:女の事件簿調査チーム