千春は何が起きているのかわからず、内診台から動くことができずにいた。看護師がカーテンの中に入り、「とりあえず衣類を直しましょうか」と手を引いてくれた時、めまいがした。看護師の手のぬくもりでそれが悪夢ではないことを理解すると、目の前にチラチラとした銀色の粒が舞い、貧血のような状態になった。
「看護師さんに支えられないと歩けない状態でした。診断した先生はすでに椅子に座っていて『まあね、次もありますから』と言ってくれましたが、目も見ないし、言い方が事務的でそっけないと思いました。私が何も言えないままでいると、次の人が待っているからとりあえず別室で看護師と一緒に処置の日を決めてくれと、席を追われたんです。」
千春は現実を受けとめられないまま、「処置」の日程を決めるよう促された。
テーブルに突っ伏してしまった千春の背中を、年配の看護師がそっと撫でてくれた。
「その時は、涙も出なかったんです。でも、病院の玄関を出た瞬間、その場に座り込んで、大声で泣き叫んでしまいました。お腹の中にはまだ赤ちゃんがいるわけですが、その子がもう生きていないんだと思うと、お腹が冷凍されていくような寒さを感じました。もう2度とその冷たいタイルの上で立ち上がることができないような気がしたくらい……。」
様子がおかしいことに気づいた受付担当者が慌てて出てきて、タクシーを呼んでくれたという。
「その日どうやって帰ったかとか、そのあとどうやって過ごしたかとか、覚えていません。マンションで寝てたら夫が帰ってきたので、ごめんね、赤ちゃん死んじゃったって言って……。」
そこまで話すと、千春は両手で顔を覆って黙った。話さなくていいと声をかけたが、話したいと返してきた。
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