おかげさまで朝から晩まで客足は切れず、そのうち半分くらいはリピーターでした。
ぼくは有言実行、23歳の歳に独立を果たします。副店長のポストが惜しくなかったのかって。かたや社長ですよ。どちらかを選べといわれれば、考えるまでもありません。小学生のころから社長になるのが夢だったんです。子ども時分は任天堂の社長になるっていっていましたね。
なにか花火を打ち上げたいと考えて、独立そうそう、ボロバイクで靴磨きの旅に出ました。そんなこと、やったことがあるひとは いないはず。きっと注目を集めるに違いない。1ヵ月に及ぶ旅のあいだ、日々のあれこれを欠かさずブログにアップしました。
その旅は自分の気持ちと向き合うためにも必要でした。ほんとうに靴磨きでいいのか。どこかに迷いがあったぼくは、旅を通して踏ん切りをつけようと思ったんです。
ずっと雨がつづいたある日、広島ですっきりと空が晴れました。見上げれば満天の星。ぼくは、ああ、やっぱり靴磨きなんだと心から思えた。ロマンチックですね(笑)。
地方で靴を磨こうなんてひとは そういるもんじゃありません。家路につくときには財布に50円しか入っていませんでしたが、帰るや否や百貨店のイベントが決まりました。そうです。はじめてカウンタースタイルを導入した横浜そごうのVIPパーティです。
顧客だったプルデンシャル生命のかたが骨を折ってくれて、出張靴磨きもはじまりました。会社を訪れて、社員の靴をまとめて磨くというサービスです。
順調に仕事が広がっていって2008年、骨董通りにブリフトアッシュをオープンしました。
ブリフトアッシュは“ブライテン・フットウェア”と“アッシュ”を掛け合わせた造語です。 前者は“輝かせる靴”の意ですね。後者は“H”のフランス語。くたびれた靴が帰ってくる“ホーム”であり、癒しの“ホスピタリティ”であり、“ハッピー”であり、長谷川の“H”です。そこには一見何屋かわからないネーミングにしたかったという思いもあります。
靴磨き職人として独立するにあたり、ぼくは誓いを立てていました。この商売を誇れるものに、というのがそれです。であれば立地もおざなりにはできません。骨董通りに店を構えることは、爪先がしびれるほどの背伸びを強いられる選択でしたが、それ以外の選択はありませんでした。
Vol.3へ続く。Vol.1はこちらから。
長谷川裕也(はせがわ ゆうや)
1984年千葉生まれ。商業高校卒業後、製鉄会社に入社。英会話スクールの営業、セオリー の販売を経て起業。2008年、南青山にブリフトアッシュをオープン。2017年、ロンドンで 開催されたワールド・チャンピオンシップ・イン・シューシャイニングで初代王者に 。2020年にはNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』に出演。初の著書『靴磨きの本 』(亜紀書房)は増刷に増刷を重ねて12刷。
【問い合わせ】
Brift H
東京都港区南青山6-3-11 PAN南青山204
03-3797-0373
https://brift-h.com
Photo:Naoto Otsubo
Text:Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka