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FASHION 百“靴”争鳴

【ブーツブランド、ホワイトクラウド 後藤庄一】足の向くまま気の向くままな20代 Vol.3

百靴争鳴。日夜美しい靴作りに情熱を燃やし合う、異色の靴職人たちへのインタビュー集。

後藤さんが靴職人を目指すのは30歳になってから。

はたから見れば遅いスタートでしたが、転職を繰り返した20代でたっぷりと基礎体力を身につけていました――

社会人はじめの一歩は輸入代理店

20代はまさに暗中模索。だけど、いま思えばすべてがホワイトクラウドにつながっていますね。

社会人一発目はイタリアのレーシングブーツ・ブランド、シディを扱う輸入代理店の岡田商事。

仕事に慣れてくると、かねてやりたいと考えていたことを行動に移しました。商材のテストがそれです。防水性を謳うブーツなら実際に水につけたり、クッション性が高いといわれるブーツならバラしてどんなクッション材が入っているのかを確かめたりしました。この世界の小売のスタッフって異様に詳しいんですよ。扱う以上、彼らに負けない知識を身につける必要があると思った。それにね、いいことばかりいっていたら嘘臭いじゃないですか。ここはいいけれど、ここは悪い。そういうことがきちんと説明できるようになりたかったんです。

憧れのブーツを扱う仕事には やりがいを感じていましたが、一方で物足りなさもあった。ほら、代理店ってお客さんの顔が見えないじゃないですか。直接お客さんとやりあえる仕事がいいなと考えるようになっていたんです。

5年ほど勤めたわたしは接骨院に転職、リフレクソロジー(足裏の反射療法)の世界に足を踏み入れました。手に職をつけるこの仕事を選んだわたしの心のなかには、いつかは独立を、という気持ちもありました。

リフレクソロジーの世界へ

その接骨院は母の友人の息子がやっていました。息子はいいました。「これからは足裏が注目されるぞ。スタッフが足りないし、働いてみないか。いちから教えてあげるよ」って。人と接する仕事だし、とりあえずやってみようと思いました。

これがハマりました。いわゆるツボの世界って奥が深いんです。見たことありませんか。親指なら頭、踵なら生殖腺といった具合に足裏の部位に五臓六腑が記されたイラスト。足裏をマッサージすることで対応する器官の状態が改善されるというものです。すっかり心酔してしまったわたしは いろんな勉強会に参加して貪欲に学びました。

この仕事を通して想像以上に足の悩みを抱えている人が多いことがわかりました。リフレクソロジーのほかにインソールの勉強もしましたが、やるならやっぱり靴だろうと思い至った。

インソールはドイツ式のフットベッドを学びました。これはホワイトクラウドにも生きています。アーチをサポートする形状はこの時代に学んだものです。

タフなブーツに照準を定める

靴づくりを学ぶために門を叩いたのは、サルワカフットウェアカレッジ。ビスポークシューメーカーの第一人者である山口千尋さんが運営する学校ですね。

当時大変な人気で、年齢で引っかかっていったんは不合格になりました。ところが辞退した人がいたのか、繰り上げ合格と相成りました。

クラスメートは30人近くいたんじゃないでしょうか。ここでの収穫はなんといっても職人になるために生まれてきたような仲間に出会えたこと。のちにトランクショーを一緒にやることになる小笠原シューズの根岸くんに、アッパーサイドシューメーカーの加藤(順)くん。ほかにものちに一線で活躍するシューメーカーの卵がゴロゴロいました。

なかでも根岸くんはすごかった。こんな器用なやつは見たことがないと、わたしは早々に白旗をあげたものです。錚々たる仲間に囲まれて、大して器用でもないわたしも引っ張られていった感じですね。

ま、わたしはいまだにハンマリングで自分の指を叩いちゃったりしますけれど(笑)。

トランクショーは、OGASAWARA & WK & The Upper Side Shoemakerと名づけて年1回のペースでやってきました。コロナが落ち着いたらまたやりたいですね。

わたしはサルワカへの入校を見越してハーレーダビッドソンジャパンで働き始めました。学費を稼ぐ必要があったからです。どうせやるなら好きなことをやろうと決めて、ハーレーを選びました。エンドユーザー向けのイベントなんかをやると、みなタフなブーツを履いている。イベントはアドレナリンが出っ放しでした。わたしはやっぱりブーツが好きなんだ。いまさらながらそう思いました。

在校中は靴修理のユニエイでアルバイトをしました。あの奥山くん(当連載に2020年に登場した奥山武さん)も腕を磨いた会社です。

こうして自分なりのアプローチでワークブーツをつくる、という方向性が定まりました。

ユニエイではすれ違いでしたが、奥山くんとはお付き合いさせていただいています。ラバーソールの底付けに使う出し縫いの糸は奥山くんに譲ってもらっています。ホワイツが使っている糸で、抜群に耐久性があるんです。

最終回へ続く。Vol.1Vol.2

後藤庄一(ごとう しょういち)
1972年山梨生まれ。高校卒業後、ビジネス英会話スクールを経て1993年、イタリアのレーシングブーツ・ブランド、シディを扱う輸入代理店の岡田商事に就職。1998年、接骨院に転職。2001年、ハーレーダビッドソンジャパンに転職。2003年、サルワカフットウェアカレッジに入校。2005年、ホワイトクラウドを立ち上げる。屋号には空に浮かぶ雲のように自由でありたいという思いが込められている。

【問い合わせ】
WHITE KLOUD CUSTOM BOOTS
埼玉県越谷市蒲生東町5-38
048-985-9816
info@88.whitekloud.jp
https://whitekloud.com

Photo:Shimpei Suzuki
Text:Kei Takegawa
Edit:Ryutaro Yanaka



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