料理芸人のクック井上。です!
“飲食店は開店してから、2年以内に半数が閉店に追い込まれる”
というデータがある中、町には何十年もの間、お客に愛され続けてきた洋食屋さんがあります。
そんな老舗の洋食屋を巡り、その想い、歴史、人、町に触れる連載コラム【洋食天国】。
vol.13は、大森『お座敷洋食 入舟(いりふね)』にやって参りました。

創業は、関東大震災の翌年の1924年(大正13年)。のちの昭和天皇、皇太子裕仁親王がご成婚された年でもあります。そんなお話とこの看板から、重ねられてきた年月・歴史を感じざるを得ません。

奥へ進むと、料亭のような門構えが、いとをかし。
そしてお店に入ると、大正ロマンを感じさせるワインレッドのカーペットでお出迎えして頂きました。

さて、今回は大森『お座敷洋食 入舟』の押しも押されもせぬ人気メニュー「天使の海老 海老フライ(1480円税込)」をお願いしようと思います。
何がどう天使なのか? その辺りを探るべく、今回も厨房にお邪魔させて頂ける事になりました。
作って下さるのは四代目・松尾信彦シェフ。

早速、海老を手にして調理開始。
こちらの海老は、天国に一番近い島と言われる、ニューカレドニア産を使用しているとの事。

店内の黒板の文言を読むと、この海老の特徴……
・マングローブに囲まれた林で育った
・100%自然食の餌
・旨味・甘み・香り

とても上質な海老だという事が分かります。

丁寧に、小麦→バッター液→パン粉を纏わせます。

揚げる前から、既にもう美しいフォルム。
そして、いよいよ入油!

頭の部分のみを10秒ほど油に浸け、時間差で身の部分を入れます。

チリチリ……、パチパチ……、プチプチ……
厨房に、心地よい音が厨房に響きます。
さぁ、間も無くのようですので、席に戻ると致しましょう……ワクワク。

そしてやって参りました「天使の海老 海老フライ」着皿!
まっっっすぐ! 美しい、尾頭付きの海老フライ。
揚げたてサクサクのうちに、早速いただきましょう。

まずは、ど真ん中の部分から。
素材を味わう為に敢えて何もつけずにいってみたい……パクッ、サクッ……

うわ、海老が痩せてなくてプリプリで、歯を押し返す弾力。
そして、本当に甘くて味が濃い。
ひと口食べただけで、口と鼻腔いっぱいに、衣の香ばしさと海老の香りが広がる!
そして、衣のパン粉はきめ細かくて油切れが良いため、全く脂っぽさが無い。
お次は、尻尾の方をば。
行儀悪いですが、指で持って食べたくなっちゃいました。

自家製のタルタルソースをディップしてパクッっ……

塩味も酸味も抑えめな自家製タルタルソースは、海老フライにコクを加えるけれどしつこくない。
この海老の尻尾、軽やか過ぎて100本欲しい。
某スナック菓子も顔負けの、“やめられない、止まらない”やつだ。
さて、頭は食べられるのだろうか? いってみよう。
パクっ……

海老史上最高の舌触り&喉触り&食感!
通常の海老フライは、頭は食べられなくはないが、殻が舌や喉にひっかかる。
でもこの海老の頭は全くと言って良い程、ひっかかりを感じない。
殻が上手く揚げられている上に、殻が薄いのだ。
この、香り高き「天使の海老 海老フライ」、ご飯にも良いけど、ベストマッチはビールだ。
今まで、ビールに一番合うのは餃子? 唐揚げ? と思っていたけど、「天使の海老フ 海老ライ」が赤丸急上昇中です。
ここで、素敵な美味しい情報。
「天使の海老 海老フライ」に勝るとも劣らずビールにピッタリで、「天使の海老 海老フライ」+αで頼む方が多いメニューがあるらしい。
それが「アジフライ」!
ご年配の方でも、「天使の海老フライ」+「アジフライ」をペロッと食べちゃうとお聞きし、僕も頼んじゃいました。
価格は仕入れ状況により前後するそうですが、この日は1人前2枚で1320円(税込)でした。

きゃー、見るからにサックサクでたまらんですね。
早速入刀、口にパクっ。

凄っ! 外サクっ、中フワ~っ!
こちらも、油っぽさは全くなく、旨味は十分だけど青魚特有の臭みは皆無。
鯵のしっとり感と衣のクリスピーさがとても心地良い一品です。
その秘訣は、素材!

見るからに新鮮な鯵ですが、こちらなんと、高級なお寿司屋さんが仕入れる、一本釣りの鯵だそう。
その時々、豊洲市場の仕入れ状況によって、愛媛県のブランド鯵“奥地あじ”だったり、淡路島の鯵だったり…
丁寧に一本釣りされて、丁寧に開いて、丁寧に衣をつけて、丁寧に揚げられた「アジフライ」だもの、そりゃ美味しいわけだ!!
もう日常のスーパーのアジフライに戻れる自信が無い……
そんな現実は一旦忘れて、目の前の極上の揚げ物に集中しよう。
海老、鯵、海老、鯵、海老、鯵……

最高のビール泥棒を交互に食べ進め、最後に究極の悩みがやってきた。

「天使の海老フライ」の尻尾、「アジフライ」の尻尾、どっちを最後に食べようか……
先ほど食べたエビの尻尾が最高でしたが、シェフ曰く、このアジフライの尻尾は絶品との事。
悩む……、狂おしい程悩む……、先に海老!

再びの感動! 今までの人生イチの海老の尻尾。
“やめられない、止まらない”、100本食べたい尻尾です。
そしてシェフのイチオシ、身にも勝るアジフライの尻尾をいきまーす!

なんだこの軽い食感と香りは!!
身とはまた違う、青海苔のような磯の香りが、口の鼻腔の奥の方まで全体に広がります。
“シェフのイチオシとはいえ、尻尾でしょ……?”
そう思っておりましたが、これほどの凄い香り・旨味・風味とは…
もはや尻尾がメイン(?)と思わせる、とんでもない代物でした。
「天使の海老フライ」「アジフライ」、何から何まで脱帽!
心からの、感動と感謝……
ここからは、4代目・松尾信彦シェフに、お店の歴史やお料理へのこだわりなどをお伺いさせていただきます。

── 「天使の海老フライ」、とても美味しかったです。とても素材のこだわっていることが伝わってきました。
松尾信彦シェフ 毎朝、豊洲市場に仕入れに行きます。海老フライの海老は、以前はブラックタイガーを使用していたのですが、15年程前、築地に仕入れに行った時に、“ニューカレドニアの「天使の海老」が凄く良い。使ってみないか?”と勧められまして、最初は価格の問題で見合わせていたんです。しかし、試しに仕入れてお客さんに出してみたら評判が良すぎて、以後仕入れることにしました。仕入れ価格を考えると値上げをしなければならないのですが、お客様にしわ寄せが行くのは違うと思いまして、ブラックタイガーを使っていた頃と同じ価格でお出ししています。
── 価格に関しての心意気、そして素材の良さに感服です。
松尾信彦シェフ 毎日いいものを買い付けに行くわけですが、仲卸の方も、私どもの為にいいものを用意しているわけです。実は、そうなってくるとプレッシャーです。仕入れた新鮮ないいものを新鮮なうちに売り切る事を心掛けています。万が一、お店で売れ残っても、翌日には持ち越しません。新鮮なうちに、パートさん達に食べてもらって消費して、また翌日、新鮮ないいものを仕入れて……という循環をするようにしています。
── 仲卸の方々との、信頼のやり取りがあるんですね。
松尾信彦シェフ 私が初めて築地市場で仕入れに行った時は、まだ閉鎖的な世界だったので、馴染の顔じゃない私は、簡単に買わせて貰えなかったんです。諦めずに毎日通い詰めて、ある時“今日、これ持って行かない?”と、とっておきの新鮮な鯵を差し出された時の嬉しさは、今でも忘れないです。
── 信頼を勝ち取る勝負があったんですね! それにしても揚げ上りがとても軽くてびっくりしました。
松尾信彦シェフ 素材の新鮮さにもこだわっていますが、揚げ油の新鮮さにもこだわり、使いまわしせずに毎日変えます。フライをやるお店がTVに出ていて、揚げ油が古いのを見ると、ちょっとがっかりしちゃいますね。“天使の海老”は、ブラックタイガーと比べると、殻が薄いので、そういう点でも軽く感じるんだと思います。ちなみに、“天使の海老”も鯵と同様、生で食べられる鮮度で、夜にはカルパッチョでお出ししています。
── なんと! 素材の鮮度はもちろんの事、揚げ油の新鮮さ・パン粉のこだわり・殻の薄さなど、全てが軽さの秘訣だったんですね。タルタルも優しい味で美味しかったです。
松尾信彦シェフ 酸味を抑えた、私のオリジナルのマヨネーズに、ゆで卵・ピクルス・玉ねぎなどを加えています。うちみたいなお店は三世代のお客様が多いので、お子様からご年配の方まで美味しく味わっていただくには、濃かったりしつこさがあるとダメなので、その点には気を遣っています。
── 長い間、広い世代に愛されるには、継承と改革があるんですね。お店の歴史を教えて下さい。
松尾信彦シェフ 1924年(大正13年)に、初代・山本高由が創業しました。その後、7人姉妹の長女である祖母が二代目⇒叔父が三代目⇒四代目の私と繋いできて、今年で97年の歴史です。
── あともう少しで、100年の大台……というタイミングでの新型コロナ禍。大変なことはありましたでしょうか?
松尾信彦シェフ 皆さんに“大変でしょ?がんばってね!”って凄く言われるんですけど、そんなに大変だと思っていませんでした。長くやっているおかげで、 “テイクアウトで持って帰りたい。”という昔からのお客さんが沢山いらっしゃいました。変な言い方になりますが“この期間だからこそできることにチャレンジしよう!”と前向きでした。毎年、お正月はお節を販売するのですが、昨年はあらたに「正月オードブル」を開発したり、お庭にベンチを作ったり、楽しみすぎて笑われました(笑)。
── 人は前向きな人のところに集まるんですね。お料理も単なる美味しいではなく“超”美味しいから人が集まるんだと思います。今後の目標をお聞かせください。
松尾信彦シェフ “とりあえず100年はクリアしないと。”と言う矢先にコロナでした。でも有難い事に、このお店に来るためだけに新幹線でお越し頂けるような常連さんが日本全国います。お節も毎年うちのと決めて下さっている常連さんが、沢山いらっしゃいます。ここで結納される常連さんも沢山いらっしゃいます。ご覧のとおり古い建物ですが、喜んでいただけるんだったら、できる限りとことんここでお店を続けたいと思います。
食材へのこだわり、調理の技、圧倒的な美味しさ、いかなる時も前向きな姿勢、お客様との繋がり、周囲への感謝の気持ち…
全てにおいて感動致しました。
昨年から日本国中の飲食店が大変ですが、長く愛されてきた老舗の強さとしなやかさを見た気が致しました。
今回は大森『お座敷洋食 入舟』にお伺いしました。

松尾信彦シェフ、ありがとうございました。
お寿司屋さん、天ぷら屋さんに匹敵する「洋食」という名の和食文化、まだまだ東京のあちらこちらに有りそうです。
まだまだ巡って、その想いや歴史、人や町に触れたいと思います。
お座敷洋食 入舟
03-3761-5891
東京都品川区南大井3-18-5
営業時間 11:30~14:00(L.O.13:30) 17:00~21:00(L.O.20:30)
定休日 日曜・祝日の月曜
※営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。
Text:Cook Inoue
Photo:Takuji Onda
Edit:Takashi Ogiyama
クック井上。プロフィール
お笑いコンビ「ツインクル」のクック井上。です! 芸人でありながら、食のイベントMC・料理教室講師・食のプロデュース等も! ●フードコーディネーター●ホームパーティー検定●食育インストラクター●野菜ソムリエ●BBQインストラクター●アスリートフードマイスター●こども成育インストラクター●パエリア検定 など食に関する資格も多々あり。
Instagram Facebook オフィシャルブログ