料理芸人のクック井上。です!
‟飲食店は開店してから、2年以内に半数が閉店に追い込まれる”
というデータがある中、町には何十年もの間、お客に愛され続けてきた洋食屋さんがあります。
そんな老舗の洋食屋を巡り、その想い、歴史、人、町に触れる連載コラム【洋食天国】
vol.10は、銀座『スイス』にやって参りました。

太平洋戦争終戦の2年後、昭和22年(1947年)に創業者・岡田進之助さんが『グリルスイス』を銀座7丁目で開店。
火事や諸事情で移転し、昭和54年に今の銀座3丁目に落ち着いたそう。
なんともワクワクする、赤と白の縦じまの店舗テントを潜り、店内に入ると目に飛び込んできたのは、野球界の大ヒーローのサインたち。

元巨人軍 千葉茂氏のもの。漫画『巨人の星』の第一巻にも登場する、言わずと知れた名選手。

元巨人軍 王貞治氏のもの。泣く子も黙る、国民栄誉賞第一号&通算868本塁打の世界のホームラン王。
どうやら、昭和のプロ野球界を彩った大スターたちと、浅からぬ縁があるらしい。その歴史を紐解くべく、銀座『スイス』の名物メニューを注文してみましょう。

そのメニューは、銀座『スイス』の元祖のカツカレー。今回も、調理工程を拝見させて頂くべく、厨房にお邪魔させて頂きました。大感謝です。
キッチンに入ると、大きな寸胴の中に大量に仕込んだカレーを発見。

素晴らしいお色! 何日煮込んだんだ……。見るからにあらゆる食材が溶け込んだ、旨味たっぷりのカレーに大興奮です。
お次は、もう1つの主役の、ポークカツレツの準備。上質な国産豚ロース120gに、粉雪の如く小麦粉を纏わせ……

卵・パン粉をつけたら油の中へ!

くぅー、シュワーっといい音と、甘い香りをキッチンに充満させやがる。
徐々にこんがりと色付いていき、カレーライスに乗る準備を整えるポークカツレツ。揚げる音と気泡が小さくなってきたら、揚げあがりのサイン。

サックサクのポークカツレツ一丁あがり。素早く、且つリズミカルに、切り分けて……

ご飯の上に置いたら、さぁ、かけましょう!

なんて幸せな光景でしょうか。がっつくべく、テーブルへと戻ると致しましょう。ワクワク、ドキドキ、お待たせしましたー!!

こりゃ、凄い貫禄だ!画ヂカラに思わずよだれが……。こちらのメニューに冠された“千葉さんの”とは、先ほどサインを拝見した元巨人軍 千葉茂氏の事だそう。
その辺りのお話はまた後でお伺いするとして、早速、美しく、堂々としたカツカレーにがっつきましょう。
まずは、カレーそのもののお味を、いざ実食。

旨味×甘味×ほんのり苦味×スパイシーさ×高級感×エレガントさ×昭和らしさ……なんて深い味なんだ!
長時間煮込まれた、ペースト状のお野菜の味、肉の旨味が幾重ものハーモニーを奏でます。
これぞ銀座のカレーだ!
さぁ、ここからはいよいよポークカツレツを乗せてパクっ!

サックサクで甘い香りの豚カツが、絶品。
カレーのお肉も挽肉になっていて、キーマカレーのようなスタイルなので、ポークカツレツの邪魔をしないのも素晴らしい。
ご飯とカレーと豚カツを口内調味すると、もはや口の中が幸せでいっぱいの状態。

食べている最中、思わず笑ってしまうと言いますか、緩むと言いますか……誤解を恐れずにいますと、だらしない表情にさせる力すらあります。
半笑いの状態で、千切りキャベツにちょいとソースをかけて、箸休めとして頂きましょう。

口の中がサッパリして、更に食欲がわいてくるという効果をもたらします。あまりの美味さに、次から次へと食べ進め、満腹中枢が刺激される前に、早くも最後のひと口!
カレーライス×豚カツ×キャベツの千切り、ひと皿をワンスプーンに凝縮させてパクッ……、ご馳走様でした!!

カツカレーなんていうと、重い食べ物に感じますが、「千葉さんのカツカレー」は、全く重くないし、胸焼けもしない。むしろ軽やかなお料理だ……、さすがは銀座で長年愛される味。さぞかし、色々と工夫がある事でしょう。
元祖カツカレーの誕生秘話とは?

ここからはそんな「千葉さんのカツカレー」の誕生秘話、銀座『スイス』の歴史についてお届けします。創業者・岡田進之助さんお孫さん、三代目・庄子あけみさんにお伺いしました。
── 店名『スイス』の由来を教えて下さい。
三代目・庄子あけみさん よく聞かれるんですけど、外国名や地名をつけるのが流行っていたんです。当時は憧れですよね。そういう想いだったかどうかは別として、‟洋食っぽくて、憶えやすくて、クリーンなイメージ”で付けたと聞いています。諸説あるんですけどね。
── 確かに、スイスは永世中立国で、クリーンなイメージですよね。カツカレーは元巨人軍の千葉氏が関係していると聞きました。
三代目・庄子あけみさん 昭和23年、元巨人軍の千葉茂氏の「二皿あるのは面倒だから、ポークカツレツとカレーを一つの皿に乗せてくれ」というひと言から、裏メニュー的にカツカレーが生まれました。その後もメニューには載せていなかったのですが、取材が入る事が多くなってきて、復刻して期間限定で出したりしている内にレギュラーメニューになりました。
── ひょんなことから生まれた‟カツカレー”、ここが元祖なんですね!
三代目・庄子あけみさん はい。ただ、千葉さんに言われて作った一皿目は、見た目が少し違ったようです。 ‟一番最初は、フライパンで温めたカレーでポークカツレツを煮る、カツ煮スタイルだった”と、当時の料理長の叔父から聞いています。その後、ポークカツレツの揚げたて食感を活かすために、現在のポークカツレツを添えるスタイルに変わっていきました。
── そうなんですね!一番最初のカツカレーも食べてみたくなってきました。カレーがとても軽やかな口当たりでびっくりしました。
三代目・庄子あけみさん うちのカレーは、叔父が修業した当時の帝国ホテルの「カルカッタ風カレー」がベースになっています。昔は、お肉もゴロゴロしていたんですが、お肉の脂身だけ残すお客様もいらっしゃいました。そこで、脂身を具材ではなく旨味にしようということで、挽肉に変えました。すると、味もグレードアップしたのです。野菜が、玉ねぎ、りんご、にんじん、にんにく、しょうがをすりおろして、たくさん入っています。とろみは小麦粉で付けているわけではないので、軽やかなんだと思います。女性でもペロりと完食されます。
── コクはあるのに軽やかで、あともう1杯イケる気がします。王さんのサインもありました。
三代目・庄子あけみさん 王さんは、病気なさった後、‟残すのが嫌だ。”と言う理由で外食を控えられていたそうなのですが、少しずつ快方に向かわれて、奥様と来られました。その時に王さんが「千葉さん、ひとつ!」とオーダーされました。奥様は飲み物をオーダーされて、「ごめんなさいね、主人がまだ一皿食べきれるか分からないので、主人が食べきれなかったら、私が食べますので」とおっしゃいました。でも、王さんはペロりと食べてしまって(笑)。
── ボリュームを感じさせない、この軽やかなカツカレーだからこそですね。
三代目・庄子あけみさん 「食べきれたのが嬉しい!」と、次に来た時は「牡蠣フライ」にチャレンジされて、それも減らさずにペロりと召し上がりました。「全部食べられたよ!」と、可愛らしく奥様にお皿を見せるお姿が微笑ましかったです。
── あの王さんでも、銀座『スイス』の美味しいお料理を前にしたら、童心に戻ってしまうんですね。最後に、このコロナ禍でのお店はいかがでしたか?
三代目・庄子あけみさん 今年はコロナになり、夏ぐらいまでは本当にお客さんがいなかった。でも、人がいない銀座を見て「大丈夫?」と、昔からの銀座ファンの方々が戻ってきてくださった。以前、インバウンドで外国人のお客さんばかりの頃は、昔からのお客さんが少しお越しにくい空気もありました。ですが、コロナ禍では昔からのお客様に救われました。
── コロナをきっかけに、配達などには対応されましたか?
三代目・庄子あけみさん 実は、Uber Eatsが日本上陸した2017年に、真っ先にお声がけ頂き、その頃に始めました。最初は何がなんだか分からなかったのですが、せっかくなので、当時は手探り状態ながら始める事にしました。
── そんな前から始められてたんですね!先見の明が凄いですね。
三代目・庄子あけみさん もっと前ですと、リーマンショックや震災の頃、銀座から人が少なくなって、経営がしんどい時期があったんです。その頃、社長を務めている主人と話し合って、‟待っていても人が来ないから、喜んでいただけるお客様がいるところに、こっちから出向こう!”と、キッチンカーにチャレンジしたんです。東京モーターショーなどの幕張メッセのイベント、ツインリンクもてぎ、埼玉スタジアム2002など、ありとあらゆる場所に、社長とバイトの方たちと、何日間もぶっ通しの泊りがけで行きました。その他、東京マラソン、東京競馬場などにも出向いて、その度に、「あっ、銀座『スイス』だ!今度お店も行きます!」など励ましのお言葉をいただいて、勇気づけられました。
── チャレンジ精神と行動力に感動しました。
三代目・庄子あけみさん そういったチャレンジを繰り返してきたので、このコロナ禍も怖くなかった。キッチンカーにチャレンジした事も、Uber Eatsをいち早く始めた事も、すべて経験として今に活きています。
コロナ禍になってから慌てて対応したのではなく、老舗にもかかわらず‟一回やってみよう!”と、時代の流れに柔軟に対応しチャレンジ精神を忘れずに歩んでこられた銀座『スイス』。
老舗の暖簾というのは、保守的に守っているのではなく、攻めの姿勢でこそ守れるのだと教えて頂きました。
かつては元祖カツカレーの生みの親の元巨人軍・千葉茂さんも、そして、巨人が生んだ世界のホームラン王にして、現在は福岡ソフトバンクホークス取締役会長、日本プロ野球名球会顧問の王貞治さんも、お料理の味だけでなく、そうしたお店の前向きな明るい姿勢にも心惹かれているのでは、と感じました。
三代目・庄子あけみさん、素敵なお話を有難う御座いました。
皆さんにも、「なぜかペロりと食べられてしまう」そんな‟思い出の洋食屋”があるのではないでしょうか?日本人みんなの憧れの「洋食」という名の和食文化、まだまだ東京のあちらこちらに有りそうです。巡って、その想いや歴史、人や町に触れたいと思います。

銀座スイス
東京都中央区銀座3-5-16
03-3563-3206
http://ginza-swiss.com/
営業時間 月~木11:00~15:30(LO)、17:00~20:30(LO)
金土日11:00~20:30(LO)
不定休
※新型コロナウイルス感染拡大により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。









Text:Cook Inoue
Photo:Takuji Onda
Edit:Takashi Ogiyama
クック井上。プロフィール
お笑いコンビ「ツインクル」のクック井上。です! 芸人でありながら、食のイベントMC・料理教室講師・食のプロデュース等も! ●フードコーディネーター●ホームパーティー検定●食育インストラクター●野菜ソムリエ●BBQインストラクター●アスリートフードマイスター●こども成育インストラクター●パエリア検定 など食に関する資格も多々あり。
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