これまでの10年間、「これをやると負ける」をつぶしてきた。
業界に与えたインパクトは、「禁断の書」と呼んでも過言ではない。今年5月に日経BP社から出版された『誰がアパレルを殺すのか』。いまだかつてないアパレルの深刻な不況の原因を、あらゆる角度から取材、分析した警告の書だが、その読後感は背筋が寒くなるほど厳しいものだった。そんな「誰がアパレルを殺すのか」の中で、数少ない業界の希望として紹介されているのが、今回フォルツァに登場していただく谷正人氏(33)。
地方百貨店を経営してきた家系に生まれ、家業の倒産を目の当たりしたことから、谷氏の攻勢が始まった。現在は「株式会社TOKYO BASE」のCEOとして、日本国内のTOKYOブランドに特化したセレクトショップ『STUDIOUS(ステュディオス)』と、Made in Japanにこだわった自社ブランド『UNITED TOKYO(ユナイテッドトウキョウ)』を運営。若い世代は、“服離れ”が顕著だとする風潮に大きくNOを突きつける。
「今年の春にSTUDIOUS香港店にオープンして痛感しました。『メイドインジャパンが武器になる』と言っているのは日本人だけです。確かに海外からは技術としては評価されていますが、商品としては評価されていない。日本人は中国や香港を斜め下に見ているのを、香港に店を出して実感しました。香港でSTUDIOUSが通用しているのは、“バリューと接客力”なので、STUDIOUSに続き、完全国内生産・高原価率で商品作りをしている自社ブランドのUNITED TOKYOで香港で勝負して、グローバルに展開していきたい」
そう語る谷氏は、今春、東証マザーズから東証一部に昇格。「FACTOTUM(ファクトタム)」の運営会社との資本提携や、「MIHARAYASUHIRO(ミハラヤスヒロ)」を手がける会社の株式取得、さらに国内最大級のファッションイベントAmazon Fashion Week TOKYOへの初参加など、多角的にビジネスを展開している。
混沌をさらに極めるアパレル業界に、はたして光は差すのか。どうすればその光を大きくできるのか。この新連載を通して、苦境にあえぐアパレル業界に活路を見いだせたら望外の喜びだ。
――『誰がアパレルを殺すのか』はAmazonでもベストセラーになっていますが、谷さんには反響はありましたか?
もちろん全部読みましたが、記者が若い方で、今の視点でアパレル業界の現状をとらえているので、良い意味で危機感を持って読みました。反響としては学生が多く読んでいるようですね。
――同書に限らず、ニュース系ウェブサイトで「アパレルの危機」的な記事を多く見かけるようになりましたが、谷さんは2008年に創業して、今年2月に東証一部に上場と、順調に階段を上っているように見えます。
上場しても仕事自体は大きな変化はなく、社員にも浮ついた感じはありません。上場が目的で会社運営していたわけではありませんが、外からの見られ方は変わりましたね、責任も増しました。一方、上場により会社の認知度が上がって、人材が採りやすくなりました。一方で、新卒採用では洋服好きを増やしました。うちの会社は、「洋服大好き」が前提なので。
弊社は、STUDIOUSの店舗を見ていただければ一目瞭然ですが、「FROM JAPAN TO THE WORLD(日本発ファッションスタイルを世界へ)」を理念としていて、海外出店は既定路線です。海外で日本を代表する企業になるには、最低限、上場ぐらいしておかないとNGですよね。また日本におけるアパレル業界の地位を向上させたいという思いも持っています。
尊敬する経営者から「1000億以下の会社は遊びだ」と言われた
――谷さんは、今のメンズファッションの現状をどう見ていますか?
ご存知のように、日本は少子高齢化による若者の自然減が続き、インターネットのECサイトのインフラが整えば整うほど、便利なECに流れて、実店舗の客数が減ります。また、私たちが起業してからの10年間でブランド数も店も増えていて供給過多になっているのも事実。消費者一人当たりのファッション消費は微減していて、会社は生産性が悪くなり、苦しさが増していますがブランドは増えています。アパレルは簡単に起業できるので、10年後に残るのはわずかでしょう。
――そういう苦しい現状の中で、TOKYO BASEは着実に数字を伸ばしています。
僕らは「感度軸」を崩さずに大きくしていきたい。今期は売り上げが100億円を超える見込みですが、1000億を目指しています。昔、尊敬する経営者に、「1000億以下の会社は遊びだ。日本のアパレルは100億でマスになると言っているが、1000億は起業家の基準だよ」と言われてから、1000億円を意識するようになりました。
――「服が売れない」という業界内の声はどう聞いていますか?
今、大手アパレルメーカーやセレクト系会社の中枢にいる人は、昔、「接客しなくても服がめちゃくちゃ売れた」時代を知っているのでそう思うんでしょうね。僕らはリーマンショック(2008年9月)からの起業なので、「たいして売れない」前提でのスタートでした。だから、「売れなくなった」という感覚はまったくなくて、逆説的ですが「接客しないと売れない」時代で良かったかも。不況のときにできた会社は強いので、プロダクトアウト型の営業がしっかりできて、底力がつくので、タイミングも良かったと思います。
――もう一つ、業界の人は、「ファッションには夢があった」とよく言いますが。
確かに昔に比べると、いわゆる“服バカ”の母数は減っているかもしれませんが、僕も会社のスタッフもファッションに夢は持っています。日本のファッションはカッコイイのに、夢を与えられる人が減っている。若い人も潜在的に夢は持っているので、僕らを通して服を好きになってほしい。実際にうちで服を買って、「生活が良い意味で変わった」とか、「自信がついた」という声もいただいているので、夢があるというのは変わっていないかなと思います。
ファッションは若い人がやらないと意味がない
――セレクトショップ「STUDIOUS」と自社ブランド「UNITED TOKYO」のそれぞれの顧客年齢を教えてください。
STUDIOUSのメンズは26・27歳がメインでウィメンズは30歳、UNITED TOKYOはそれぞれその5歳上ぐらいです。STUDIOUSは、日本のブランドがわかりやすく揃っているのと、洋服好きのスタッフのフレンドリーな接客というのが柱で、お客さんを絞っているからこそ、彼らの中に刺さる。UNITED TOKYOはもっと広いターゲットです。
このSTUDIOUS TOKYO神南店周辺にはたくさん洋服ショップがありますが、うちのお客さんはいろいろ買い回る人ではなくて、この店を目指して来る人です。
――なぜそういう“服に熱い若者”が来るのでしょうか。
今はスマホやゲームの支出が多くて、衣料費は減っていると言われていますが、うちのお客さんは「ファッションエンゲル係数が高い人」が非常に多い。いわゆるファッションヲタクですね。そういう人が集まってくるのは、STUDIOUSが余計なことをやらないからです。コーヒーが飲めたり、雑貨や食器が買えるとか、そういう中途半端なライフスタイル提案は一切やらずに、ファッションだけに絞っているので、販売スタッフの知識や専門性が問われます。ですから、お客さんと同じ熱量のスタッフが必要で、ファッションは若い人がやらないと意味がない。
――アパレルのマーケットがシュリンクしている現状で、ZOZOTOWNや御社のように伸びている企業もあります。
スタートトゥデイのZOZOTOWNとはしっかりパートナーを組みながらやっていますが、あの会社も若くてファッション好きが多くて、みんな本気でやっているので、あと10年は安泰でしょう。素直に時価総額1兆円はすごいなと思います。僕らも上場以来10~15倍株価は上がっていますが、成功している感じがない(笑)。
年間1億円売る販売員に、年収1000万円を保証する
――“ファッションの夢”の続きですが、これまで「アパレル販売員の給与は安い」と言われ続けていました。御社の「個人の売上をそのまま給与に反映する」のは画期的です。
ユニクロさんがスーパースター店長とかで一時話題になりましたが、それを真似するアパレル企業が一つもない。不動産やカーディーラーでは“売った人が偉い”のは当たり前なので、昨年「スーパースターセールス」を導入しました。スリースターが年間1億の売上で年収1000万、ツースターが8500万の売上で850万、ワンスターが7000万の売上で700万としました。
――それで導入から1年経って……。
スリースターが1人出ました。STUDIOUS名古屋の31歳の店長です。スリースターが1人、ツースターが2人、ワンスターが18人出ました。中には入社1年目の新人もいます。
――素晴らしい結果ですね。
すべての仕事の基本は営業です。アパレル業界にインパクトを残したいと導入した給与システムですが、海外でも同様のシステムが効果的です。
――良い数字を残す人に共通する点を教えてください。
まず目標が高い。視点が高い。自分が目指すビジョンがあって、隣の店の販売員と比べたりしない。口は生意気だけど、行動は素直。怒られたら改善するし、結果に対してプライドが高い。日本の企業はプロセスを大事にしますが、彼らは結果のためなら昨日は左でも、今日は右だと素直に言える。そして、お客さんに対しては正直な人間が強いです。本当にお客さんのことを思っていると、顧客もついてくる。
――そういう人に対して、会社ができることはなんですか?
会社ができることは、彼らの視点を高くして前に突っ走ることですね。正直、1年で年収1000万円が出るとは思いませんでしたが。
モノ作りの基本は、「作りたいモノを作れ」
――御社はメンズもレディースも展開していますが、違いはありますか?
レディースはトレンドがどんどん移り変わるので、基本的に早いですが、メンズも徐々にレディース型になってきています。でも、やはりメンズは「定番」が強い。「白のポケTが去年1000枚売れたから、今年は1500枚売る」というのはメンズの商売で大事なことですが、本質的に「定番」は、自分たちが作ってきたブランドを疲弊させていくものなので、定番こそ新しいモノに変えていかないといけない。
――メンズにおいては「定番は善」とされていますが。
STUDIOUSではメンズの過去10年分のデータを蓄積しているのですが、あるスタッフがそのデータだけ見て商品を作ろうとしました。それは完全に失敗するので、データを見せずに「作りたいモノを作れ」と言ったら、良い意味で変わりましたね。
大手アパレルは分析が細かくて、高度経済成長期を前提としたような集約型のチェーンオペレーションをセンター管理で行っていますが、トレンドや数字の前年踏襲型では、何も生まれません。モノを買ってもらうには、未来予想型のMDが必要で、データは未来を予想するためにあるもの。作り手は、「こんな服を着たい」という肌感覚でいい。その検証をするのに初めてデータを使えばいいのです。
――「こんな服を着たい」という思いは、UNITED TOKYOで実現していますね。
セレクトショップのSTUDIOUSは、仕入れ7割・オリジナル3割なので、「全部オリジナル商品なら生産原価を上げられる」という発想から、原価率50%を設定して「圧倒的なものをつくろう」とスタートしたのがUNITED TOKYOです。
――原価50%というのは思い切りましたね。
STUDIOUSを卒業した大人が着て楽しめるバリューある商品を目指して始めましたが、口コミが広告になって、手応えはしっかりあります。というのも単純に僕はいまだにユニクロの服はバリューが高いなと思うし、日本の他のブランドは高いなと思っていて、それを壊したかった。また、ブランドビジネスではないので、「付加価値を付けられないのなら、費用対効果が高い真面目なモノ作りをしないと」というのが原点になっています。
――今の時代に「定価でしっかり売る」というのは素晴らしい。
UNITED TOKYOの1年目は10億、2年目24億、3年目は40億に届きそうで、数字を見ていると確実に支持が増えているのがわかります。定価で服を買う人に、「商品を見て、いくらなら買うか」という答えの一つが、平均原価50%ですね。ただし原価率を上げることがすべて良いわけではなく、原価率は低いけど“絶対に欲しいブランドや商品”も大事だと思っています。つまり、お客さまに対しての絶対的な価値が明確であることが大事です。
結果主義というのは、究極のお客さま主義
――インタビューの最初に、「ECサイトのインフラが整えば整うほど、便利なECに流れて、実店舗の客数が減ります」と言われましたが、御社はバランス良く見えますが。
アパレルに限らず、今はO2Oとかオムニチャネル(オンラインとオフラインの購買活動が連携し合うこと)とか言われていますが、ECでしか得られない便利さと、店でしか得られない徹底的なサービスを明確に分けています。ファンはブランドを知って拡大していくもので、特にメンズはパンツなどを試着して感動したりする。ネットと実店舗のハイブリッドが未来にカタチになっていきます。
――他のアパレルではお店はショールームになったりしていますが。
弊社では、買ってもらうという結果が、商品やサービスに本当に感動したかどうかの指数なので、うちの会社は「上司よりお客さま」と完全に振り切っています。そういう意味で実店舗は機能しているし、お店を伸ばし続けないとECでも良い結果が出ません。結果主義というのは、究極のお客さま主義です。
――御社は起業10年とまだ若い会社ですが、今のアパレル不況をどう見ていますか?
20年、30年後には確実に今、大企業が抱えている問題に直面すると思っています。でも、ZOZOTOWNがあれだけ突っ走っているのを見ていると、前向きにいてこそ真価が問われると思います。
「100個のアイデアがあっても、99個つぶして1つやる
――谷さんのこれからの夢を教えてください。
やはり、「日本発を世界へ届ける」ですね。社会に対してインパクトを与えて、歴史を変えたりすることを求められるのが起業家だと思っているので、前に言いましたが1000億円の売上は実現したいですね。僕個人は、創業のときから上場は考えていたので、上場後も良い意味で何も変わっていません。
――最後に、何か一つ、成功の秘訣を!
これまで10年間、仕事と会社経営をしてきて、勝機を感じたことは特にありませんが、「これをやると負ける」をつぶしながら進んできた感じですね。「100個のアイデアがあっても、99個つぶして1つやる」ことでしょうか。
33歳で東証一部上場。そう聞いて誰もが想像しがちな”ITベンチャー的経営者”のイメージを鮮やかに裏切る谷氏。「1000億円」の売り上げ目標をどう見るかは人それぞれだが、本人は目標達成のためにアイデアを生み出し、そしてつぶす日々を積み重ねている。無心に耳を澄ませば、不況にあえぐアパレル業界に携わる人、すべてへのエールにも聞こえてくるようだ。
次回のインタビューもお楽しみに。
Photo:Shimpei Suzuki
Text:Makoto Kajii