SIAM SHADEは‘95年に『RAIN』でメジャーデビューした。活動を開始したのは’89年頃から。インディーズで‘94年に発表したアルバム『SIAM SHADE』がオリコンインディーズチャートで初登場2位を記録。
’95年には若手バンドのひとつの到達点・渋谷公会堂のワンマンライブを達成。実力派のバンドとして、鳴り物入りのデビューだったという。
「当時のバンドは、ライブハウス→日清パワーステーション→渋谷公会堂→日比谷野外音楽堂→武道館というのが出世ルートでした」
しかし、メジャーの壁が立ちはだかる。デビュー後、ライブの動員数は激増したが、CDの売り上げに伸び悩む。
「2年間、ヒットがないという状況に苦しみました。でも、ライブチケットは即時にソールドアウト。一応、ビジュアル系バンドというくくりで、ファンも爆発的に増えていきましたね。
あれは名古屋だったかな、ホテルに入ろうとしたときに、タクシーの運転手さんから、“君たち何ていうグループ? こんなに人が待っているのはチェッカーズ以来だよ”と言われたのです」
アイドル以上の人気だったことがわかるエピソードだ。
「それなのにヒットしない。当時の営業部長に、“インディーズで3万枚が売れるのだから、プロがやれば10万枚はいくでしょ?”と啖呵を切ったことを覚えています。生意気でしたね」
DAITA氏は骨太のロックンローラーだ。自分たちがやりたい音楽とメジャーヒットする音楽には乖離がある。それはずっとわかっていたという。
「僕は幼いころから教会の聖歌隊に参加し、ピアノを習い、クラシック音楽を聞いて育ちました。その後、ロックに出会い、ヴァン・ヘイレン、モトリー・クルー、U2などのバンドにのめり込む。中学校の卒業のときに、新宿JAMで初ライブをし、ホコ天にも出ていました。
当時はタウンページで音響や機材屋さんを調べ、自分で手配するんですよ。ずっと硬派に音楽をやっていたこともあり、ヒット曲のセオリーになかなか乗れなかったのです」