そう思った時、彼の左手が私の首に伸びた。 彼は右手に包丁を握ったまま、こちらに飛びかかり、左手で私の首を絞めたのだった。
ただ、それは、ほんの一瞬で、すぐに彼は、追い詰められたザリガニのように、こちらを向いたまま「ピョン」と後ろ向きに飛び退いたかと思うと、逃げるようにドアの中へ入り、今度は、ドアを最後までしっかりと閉め、二度と出てくる様子はなかった。
恐怖と安堵が入り混じった気持ちと共に、全身の力が一気に抜け、閉められたドアの前で、私は、しばし呆然として立ちすくんでいた。ふと我に返った時には、「依頼者の要望を叶えることは、おそらく難しいのだ」という現実の方が重くのしかかった。
——この精神状態の人間と、交渉するのは無理だ——
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