ホテルに誘ったのは、雅美の方からだという。
「したことがないと言うので、私も初心者みたいなものだからどう?って。何であんな大胆な提案ができたのか、自分でもわからないです。
その大学生とのセックスは、本当に初歩的な感じで、それが本当に嬉しかったです。やり直しができたような気がして。うまく言えないんですが」
文学サークルに所属して小説を書いていた大学生は、性体験ができたことをいろんな意味で喜んだという。また、聞き上手な彼は、雅美の苦い経験を聞いては慰めてくれたのだとも。
「可愛かったですね。性の場面を書こうとしても、経験がないから説得力がないとか言って。書きたい場面どおりのセックスを要求してきたりして。あの、後ろからしてみてもいいですか?とか」
思い出し笑いをしながら、雅美は目の端に浮かんだ涙を拭っている。
「でも、やはりちゃんとした交際なんかではないので、だんだん飽きてきて、そのうち本屋さんのバイトをやめました。大学生と会うのもやめましたね。
それで、いつまでもバイトじゃダメかしらと思い、食品メーカーの商品企画部に正社員として就職したんです。大学で栄養学を専攻してたし、管理栄養士の免許とか食事に関する資格も無駄なほどいろいろ持ってるので。
あと、1人暮らしも始めました。お金はありました。孝ちゃんからの分与も自分で貯めた分も、使う場面がなくて」
新しい生活が始まっても、雅美は誰かとじっくり人間関係を構築するのが怖かった。男はもとより、女と向き合うことも怖くなっていたのだという。孝介と共通の友人が多いため、友達とも疎遠になっていった。
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