CAR 得するクルマ生活

【三菱ランエボ】記録と記憶も桁違いの24年間を一挙振り返り!

安全装備や自動運転でますます高額化している現代のクルマ。上手に購入する方法は? さらに、所有してからも様々なトラブルやアクシデントが起きるのがカーライフ。それら障害を難なくこなし、より楽しくお得にクルマと付き合う方法を自動車ジャーナリスト吉川賢一がお伝えします。

国産スポーツカーといえば、現在市販されているモデルでは、GT-RやNSX、スープラ、GRヤリスなどが挙げられるが、2014年12月に生産終了となった、三菱のランサーエボリューションシリーズ(以下ランエボ)なくして、国産スポーツは語れないだろう。

ランエボは、ラリーなどの競技車のベースとして、10モデル4世代にわたり、24年間もの間販売されたスポーツ4WDであり、世界中に熱烈なファンをもつ。なかでも、90年代末、ランエボIV~VIによる世界ラリー選手権での激戦は、いまだに語り続けられる名レースであった。90年代最強の国産スポーツ4WD「ランエボ」が残した記録について振り返っていく。

 

 ■強さを見せつけた、第1世代

ランエボは、I~IIIの第1世代、IV~VIの第2世代、VII~IXの第3世代、そしてXの第4世代に分けて語られることが多い。それぞれが誕生した当時の時代背景や、三菱の経営状況によっても、少しずつ特色が異なってくる。

初代は、三菱のWRCワークスチームであるラリーアート・ヨーロッパが、1980年代後半からWRCへ参戦していたマシン「ギャランVR-4」の後継車だ。93年シーズンに、世界ラリー選手権(WRC)にデビューした初代は、ギャランVR-4からキャリオーバーした2.0L直4ターボの4G63エンジンと、ワンウェイクラッチの機構を取り入れた独自の4WDシステムを武器に、スポット参戦を開始。94年シーズンには「エボリューションII」へ、95年シーズンには「エボリューションIII」へと進化し、第2戦のスウェーデンにて、1位ケネス・エリクソン、2位トミ・マキネンと、悲願のミツビシワンツーフィニッシュを達成する。

1993年のモンテカルロラリーでデビューした、初代ランサーエボリューション

ランエボの決定的な強さが発揮されたのは、96年シーズンだ。当時、エボリューションIIIに乗ったマキネンが、9戦中5勝という圧倒的な強さでドライバーズタイトルを獲得。翌97年シーズンにはエボリューションIVへと進化。この年もマキネンは4勝を記録し、2年連続のドライバーズチャンピオンを獲得した。ちなみに、97年シーズンは、改造自由度の広いWRカー規定が初めて導入された年であり、ライバルのスバルやフォードはWRカーで参戦したが、三菱はあえて車両条件の厳しいグループA規定を守りながらの勝利であった。

 

■激闘に胸を熱くさせられた第2世代

続けて、98年シーズン中にデビューしたランエボVでもマキネンは4勝を挙げ、ドライバーズタイトル3連覇と、三菱初のマニュファクチャラーズタイトルを獲得する。99年シーズンはランエボVIとなり、この年もマキネンがドライバーズタイトルを獲得。4年連続ドライバーズチャンピオンという快挙を成し遂げている。

ランエボVIトミ・マキネン・エディション

この翌年にはマキネン勝利を記念し、ランエボVIトミ・マキネン・エディションが限定発売された。現在も、中古車オークションにおいて、超高額で取引されている人気モデルだ。

1997年シーズンで、マキネンが4勝を記録し、2年連続のドライバーズチャンピオンを獲得したランエボIV。三菱はあえて車両条件の厳しいグループA規定を守りながらの勝利であった

WRカー規定開始から4年目となった2000年シーズンは、開幕戦モンテカルロはトミ・マキネン優勝、第2戦のスウェディッシュ・ラリーも2位獲得したのだが、その後はライバルのWRカーに抜かれ、年間最終ランキングは5位と低迷。

1998年に市販されたランエボⅤ

2001年シーズンは、三菱のWRカーがデビューするのだが、その前に大幅アップデートしたランエボVI(6.5ともいわれる)で参戦、初戦モンテカルロ優勝、第2戦のスウェディッシュ2位、第3戦ポルトガル優勝と、息を吹き返す。その後もポイントリーダーを走っていたマキネン率いる三菱だったが、徐々にリズムを崩し始めたのは、ランサーWRカーが投入された10戦目から。残りの5戦中3戦がリタイアという惨状となり、ランキング3位で終えることに。翌2003年シーズン、三菱は、2004年シーズンへの準備をする、として欠場する。

三菱によるWRC参戦の最終仕様となったランサーWRC05

2004年シーズンより登場したランサーWRC04は、エンジン、車体、サスペンション、駆動制御システムなど、大幅なアップデートが行われた。1stドライバーのパニッツィは初戦を6位入賞したが、その後はアクシデントやトラブルなど低迷し、第10戦をもって04年WRC活動を停止。翌年の開発と準備に向かうと発表。2005年の初戦モンテカルロでパニッツィは3位を獲得。エースドライバーのロバンペラも確実にポイントを重ねるが、表彰台には届かず、その年の12月、三菱は経営再建に集中するため、WRCへのワークス参戦休止を発表した。

 

■ファンのためにつくられ続けた第3世代

WRCマシン開発の混乱とは別に、エボリューションシリーズは最終的にX(10)まで続いた。

ランエボⅨはわずか2年の販売期間だった

ランエボVIIは2001年、ランエボVIIIは2003年、ランエボIXは2005年、ランエボXは2007年と、2年おきというハイペースでアップデートが行われ、その途中では、AT仕様(ランエボVII)や、ワゴンタイプ(ランエボIX)が登場するなど、国内需要に応え、新しい試みも行われていた。

 

■ランエボにはファンを熱くさせるストーリーがあった!!

最終型となるランエボXは、公道最強モデルとして2016年まで販売されていたが、2016年4月、とうとう三菱のカーラインナップから削除された。

ランエボXの特別仕様車「ランサーエボリューション ファイナルエディション」

いまでも復活を望む声多いランエボ。ここまでファンを熱くさせるランエボの魅力は、ランエボが、単なるハイパフォーマンスカーではない、というところにあることは間違いない。「WRCで世界一になる」という目標に向かい、毎年マシンを進化させ続け、その名の通り「エボリューション(進化)」しつづけてきたことにあるのではないだろうか。苦しみながらも努力を続けた三菱の姿に、ファンは感情移入し、惹かれたのであろう。

Text:Kenichi Yoshikawa
Photo:MITSUBISHI MOTORS
Edit:Takashi Ogiyama

吉川賢一ポートレート吉川賢一(自動車ジャーナリスト)1979年生まれ。元自動車メーカーの開発エンジニアの経歴を持つ。カーライフの楽しさを広げる発信を心掛けています。


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