好きだけど、別れる。悲しい決断を、なぜ選ばざるを得なかったのか。
ブルース・ウィリスが公表したことでも知られる認知症。今年1月には、芸人のエスパー伊藤氏が若年性認知症を患いながら亡くなっていたことがわかり、ショックを受けた方も多いだろう。
認知症とは、脳の神経細胞の働きが低下して、記憶や判断力などの認知能力が衰えるもので、少子高齢化が進む日本では年々、その数は増え続けている。年齢が上がるほど、発症率は高くなるといわれているが、65歳以下の若年性認知症の数も増えており、誰もがかかりうる病気でもある。
橋本容子(仮名・56)は、まさにその現実を目の当たりにしている。
「初めは部署移動を言い渡されて、少し落ち込んでいるだけだと思っていたんです。確かに50代で部署が変わるって……肩を叩かれているということですよね。私も働いているんで、そのくらいのことはわかります。でも部署移動の理由が病気だったとは、そのときはわかりませんでした」
容子と夫は大学時代の同級生だ。
「結婚して20年くらいですね。子どももなんとか成人して、これからはまた夫婦の時間がはじまるね、なんて話をしていたのが、もう遠い昔のようです」
「あのさ…暗証番号、なんだっけ?」
事の発端は、夫が預金口座の暗証番号がわからないと言い出したことだったという。
「給料日だったと記憶しています。19時頃だったかな? 急に電話がかかってきたんです。暗証番号がわからないって。共働きだったものですから、お互い給料は個別に管理をしていたので、私は彼の口座の暗証番号を知りません。それで、その日は結局思い出せずじまいだったんです」
その日、夫は思い出せないことにとても落ち込んでいたが、容子はさして気に留めなかったという。
「その頃、夫は眠れない日が続いていたんです。会社での部署移動が相当、ショックでちょっとうつ病っぽい感じなんだろうなと思っていました。だから、きっとすぐに思い出すよ、そんな風に励ましてその日は早く就寝しました」。
翌日になると夫は、何事もなかったかのように暗証番号を思い出した。
「ほらね、って。それから、そういうことが何回かあったんです。でもすぐに思い出すことができたんで、一過性ものだと決めつけてしまっていました」
ところがある日、寝ようとしたときのことだった。