「家庭訪問」という取り組みが今や、絶滅危惧種になりつつある。
「先生が家に来る」というその取り組みは、子どもにとっても親にとっても特別なもので、特に親は、「先生が来るから掃除しないと」「先生が来るから何か用意しておかないと」と心がモヤモヤするもの。「家庭訪問なんてなければいいのに」そう思ったことのある保護者はかなり多いはずだ。
「私は、中学までは家庭訪問をする必要があると考えています。どのような環境で育っているのかということは、実際に家庭を訪れないとわかりません。子ども本人が『当然だ』と思っていることが、実は一般的な状態ではないというケースが多いので、家に行ってみないとわからないというのが私の考えです」
そう話すのは、ベテラン教員の佳子さん(仮名)50歳だ。彼女は地方の公立中学校に長年勤めている。
「ここ最近問題になっている『ヤングケアラー』なんかも、家庭訪問すればわかると思います。本人がそうだと気づいていなくても、教員が気づいてやることができるのではないでしょうか。中学生くらいになると、学校の友人や先生の前では本当の自分や自分が苦しいことを隠す方法を身につけはじめます。だから、家庭に行くとわかることもあるんですけど……でもまあ、プライバシーの問題もあるし、先生が来るということに対して準備をすることに嫌悪感を示す保護者の方が多いのもわかっているので、なんともいえませんね」
彼女の勤務している中学校では、昨年まで家庭訪問をしていたが、今年から「希望者のみに実施」という形になった。感染症の流行などもあり、昨年も、「家の中に入らずに玄関先で10分」という規則が設けられていた。
「そんなものでは行く意味がない」そんな教員の声が目立ち、今年は「希望者のみ」に変わったのだが、佳子さんは「まあ、『行く意味』はどんな形でもありますけど、教員にとってはかなり負担になるので、やめてしまいたかった先生方が多いのでしょうね」と苦笑いする。
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家庭訪問期間中も、教員の授業やクラス運営、クラブ指導などの業務はなくならない。普段の業務の合間を縫って、行ったこともない他人の家まで行かなければならないし、まず、家庭訪問スケジュールの調整に手間がかかる。
「今は共働きのご家庭が多いので、なるべく保護者の方のご希望に沿おうとすると、だいたい18時以降からスタートすることになります。各家庭10分しかお話をしないとしても、移動時間などを考えると、21時過ぎまでかかるのが当然というようなありさまです」
そう言う佳子さんは、18時から順に各家庭を回りはじめて、途中の3家庭が時間になっても保護者が姿を見せず、待ちぼうけになった上に他の家庭に遅れていくという経験をしたことがある。
「最後の20時半からのご家庭に向かおうとしたときにはもう21時を過ぎてきて、『準備をして待っていたのにどういうつもりだ!』って電話がかかって来て怒鳴られました。それはまあ、当然ですよね。平謝りに謝って、他日に変更してもらったんですけど、信じられなかったのは、定刻から20分以上遅れて姿を見せた保護者の態度でした。
『忙しいから仕方ないでしょ』ってそっけなく言われて、謝罪の言葉一つかけられなくて……。『そちらが指定した時間に来たのですけど』って言いたいところをぐっと我慢しました。『働いているから、学校の行事なんかは後回しにするのが当然』と言った態度の保護者の方が増えているなあと、最近つくづく思います」
ため息をつく佳子さんだが、それでも家庭訪問は必要だと考えている。
「昨年は35軒のお家を回りましたけど、そのうちの3軒に書類にはない内縁の男性が存在していました。内縁の男性の存在が悪いわけではないですが、そのおたくのお子さんがある日を境に不登校気味になったり、暴力的な言動が目立つようになったりしている場合は、『家庭環境の変化』を疑うものです。
でも、本人は言いたがらないし、何なら家庭訪問を異常に嫌がったりするので、訪問してみて『やっぱり』と思いました。異常に家が汚かったり、保護者の方の家庭環境内における言葉遣いと学校にむける言葉遣いが全く違うと言った場合もあり、家庭訪問は、子どものおかれている環境をしっかり見抜きやすいよい取り組みです。SOSをうまく出せない子どもの危険を察知することにもつながります。でも……」
でも……なのだ。佳子さんのように熱心に家庭訪問を行い、虐待などの子どもの危機を見抜ける教員ばかりではない。
☆衝撃の次回では、家庭訪問で教師が犯した過ちについて列挙しながら、さらにこの問題を深く考えてみたい☆
ライター 八幡那由多