そんな時だった。ミクさんが勤めるクリーニング店に、高級ブランドのハンドバッグのシミ抜き依頼が入ったという。
「私が働くクリーニング店は、衣類のほか、バッグや靴などのクリーニングも請け負っています。あるお客様が持ち込んだベージュのブランドバッグを見るなり、『見つけた!』と心が躍りました。バッグは50万円を超える高級品です。
コーヒーをこぼしたとのことで、数日後、キレイにシミ抜きされたバッグを袋から取り出し、撮影用にネイルを施した手でバッグを持って、様々な角度から撮ったんです。どのようにアップしようか考えるとドキドキしましたね」
現実の誕生日には、自宅で家族とともにささやかな夕食とケーキを食べたそうだ。娘からは「ママ、大好き♡お誕生日おめでとう」と書かれた手作りバースデーカードを、夫からはバラの花束を贈られた。
「とても嬉しかったです。私は家族に支えられていると実感しました。でも、裏アカの私はそれでは満足しないんです」
翌日、ミクさんは「家族とバースデー」というタイトルでSNSをアップした。
「画像は3枚です。ネットから拾った夜景の見えるホテルのレストランの風景、メルカリで購入したブランド物の紙袋。そして私が持ったブランドバッグ。
投稿の文章は『以前から欲しかったバッグを主人がプレゼントしてくれました。娘からは手作りのバースデーカード。嬉しすぎて涙が出ちゃいました。旦那様、娘ちゃん、ありがとう。皆様からもたくさんのお祝いコメントを頂いて、感激しています。今回は格式あるレストランのため、撮影は禁止。お料理の写真がアップできないのが残念ですが、年に一度の誕生日の幸せを噛みしめています』と綴りました。
夫からもらったバラの花束は……残念ながらアップしません。私が作り出した『セレブママ・ミク』は、両手いっぱいに深紅のバラを抱えるイメージなんです。花瓶に飾ったバラでは読者にがっかりされちゃう」
ご家族が聞いたら、さぞ切ない気持ちになるだろうが、ミクさんはどこまでもセレブママにこだわる。
「ある日、コメントで愛用の化粧品を訊かれました。私の周囲で高級品を使っているママ友はいませんし、私もプチプラコスメです。でも、裏アカではそれをアップするわけにはいきません」
そこで、ミクさんは銀座にある老舗百貨店に出かけた。
「海外ブランド化粧品のコーナーに行き、試供品を試させてもらいつつ、『ブログにアップしたいから』と美容部員の許可を得て、クレンジング、化粧水、乳液、美容液など一式を撮影させてもらいました。もちろん、新作の口紅を手にした1枚も。
フルメイクしてもらったのち、美容部員には『ファンデーションの保ち具合を確認したいから、1時間ほど経ったら戻ってきます』と言い残して、その場を去りました。もちろん、戻る気はありません。肌が美しく見える百貨店の化粧室で顔の下半分だけ自撮りしました。これはどのようにアップしようか考え中です」
セレブ生活に取りつかれた生活はどこまで続くのか。偽りのSNSで「いいね」の数と称賛コメントで承認欲求を満たすミクさんが、痛々しく思えてしまう。
☆後編では、「夫婦レスになった妻の嘆きと、セクシー裏アカ」に迫ってみたい☆
Text:作家 蒼井 凜花