「もとから亭主関白ではありましたが、こうした無理解は、”妻は自分の所有物で自分のために尽くすものだ”という思い込みから来るものなんだろうな、と思いました」
心配するどころか一貫して仮病を疑い、挙げ句の果てに人格を否定するような発言をした夫。咲子さんの中で、何かが音を立てて崩れた気がした。逃げたかった。しかし、どうやっても身体に力が入らない。
「以前は毎日家中をピカピカにしていたし、仕事も一所懸命やってたんですが、何もかもどうでも良くなりました。下着がなくなってきたので、身体をひきずってようやく洗濯をするという感じ。外に出るのもいやで、宅配の人に会うのもきつかったです」
咲子さんは実家に逃げようかと思ったが、姉夫婦が両親を介護してくれている所へこんな状態の自分が行ったら迷惑をかけると思った。
このまま寝室の布団の中でミイラにでもなりはしないかとぼんやり考えていたある日、咲子さんのもとへ一本の電話がかかってきた。
「学費のことで息子が電話をかけてきたんです。私、用事のついでに、息子に体調のことや主人のことを全部話してしまいました。あれだけ人と話したのは久しぶりでしたね」
あまりにも他人と会話をしていなかったので、ひとしきり喋った後、咲子さんは顎が痛くなったという。
「限界な感じが伝わったのか、息子はこっちに来たらどう?と言ってくれました。昔から亭主関白な夫からあれこれ命令される私を見ていたので、よくよく考えたら息子が一番の理解者なんですよね」
身体が動くようになったらそうさせてもらうかもしれない、と言って咲子さんは電話を切った。
「もしかするとここから出て行けるのかもしれないと思ったら、少しだけ救われた気がしましたね」
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