【前編あらすじ】
両親の離婚をきっかけに16歳で上京したケントさん(仮名・38歳)は、原宿で大手芸能事務所のスカウトマンに声をかけられ、モデルとしての道を歩む。レッスン期間を終え、オーディションや仕事をこなす日々を過ごしていたある日、とあるヘアーショーのオーディションに出向いた。その主催者の有名ヘアメイクアーティストに体をまさぐられて……。
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事務所から合格の連絡を受けたケントさんは、どのような気持ちだったのだろう。
「正直、複雑でした。肌に触れられたことももちろんですが、意図せず、反応してしまった自分の体にも嫌悪感がこみあげてきて……あの日以来、ヨシオ氏と同じ年頃の中年男性を避けるようになりました。
40歳前後の男性を察知すると、脚がガクガクと震えるんです。心拍数もあがり、嫌な汗をかくようになりました。すれ違う人、顔見知りの中年男性もすべて苦手になりました。自分が今その年代になっても、おぞましさは変わりません」
だが、それはほんの序章にすぎなかったという。
ケントさんはヘアーショーのモデルとして、4日間ヨシオ氏と顔を合わさねばいけない。モデルは男女合わせて30人ほどと多かったため、ショーの間はなるべくヨシオ氏から遠ざかっていた。
「でも、無駄な抵抗でした。アシスタントのヘアメイクやスタイリストが僕をショー用に仕上げてくれても、ステージに出る直前、舞台袖でヨシオ氏のチェックが入ります。
『もう少し前髪を立たせた方がいいね』と、さりげなくワキ腹や尻を撫でられたり……周囲に気づかれないように、というよりも、怯える僕をあえて周囲に見せつけるように彼が接触してくるんです。
その際、周囲の人間に助けを求めることはできなかったの? という疑問もあると思います。それは……できませんでした。ヨシオ氏は普段は穏やかな口調ですが、苛立つと『さっさとしろ!』『お前、今度失敗したら、二度と使わねえぞ!』と突然キレるんです。
今回のショーで何度もスタッフやアシスタントに罵声を浴びせる姿を目にし、彼を怒らせたらまずいと自分に言い聞かせました」
周囲は常にピリピリした空気だったという。
「モデルたちも同じです。僕が最年少でしたが、昨年も出演したという先輩モデルは『今年はまだマシなほうかも』と呆れていましたから。
でも、あの時点で事務所に相談していればよかった。でも、それを自分ひとりで抱え込んでしまった……誰にも知られたくなかったし、何より母に心配をかけたくなかったから」
事件が起こったのは、ショーが終わってからだった。