「千枝さんがずばり、聞いてきたんです。毎日励んでる?って。私はびっくりしてしまって、何も言い出せませんでした。夫はすかさず、あまりにもデリカシーがなさすぎるって言い返していましたけど」
実際のところ、貴子はさほど子どもが欲しいとは思っていなかった。それは夫の光良も同じで、2人の間ではできたらいいね、それくらいの話になっていた。
「とはいえ、孫がいるのに会えない千枝さんを不憫に思う気持ちもありましたから、特に避妊をしていたわけではないんです。ただ、私は多分できにくい体かもとは夫に話していました。以前の結婚でもできなかったので……」
それからというもの、日曜の夜は貴子にとって拷問の時間になっていったという。千枝は容赦なく、貴子に質問を浴びせた。しかもそれは子どものことというよりは、夫婦の夜についてだった。
「なんていうか、気持ち悪かったですね。どれくらいの頻度でヤってるの? とかどんな下着をきているの? みたいな質問を普通にしてくるんですよ。すごく上品な人だと思っていたから、信じられない気持ちもありましたし、夫が激怒することも多くて本当に憂鬱な時間でした。でも今思えば、その頃から少し変だったのかもしれません」
子どもはできず、1年2年と時間が経つにつれて千枝の様子も変わっていったという。
「不妊治療のパンフレットをごっそり抱えて現れたと思えば、高齢出産で何かあるのもアレだし、夫婦仲良く暮らせばいいわよと急に言い出すこともあって。なんか情緒が不安定だなと感じていました。それから、物忘れがすごくひどくて、約束の日にちを間違えることもしょっちゅう。あとは同じものを何個も何個も買っていることもあってあれ?とは思っていたんです。ただ、その頃私も夫もものすごく忙しくて、それをなあなあにしてしまったことが悔やまれます」
ある日曜の夜だった。とにかく忙しかった貴子と夫は、この2ヶ月ほど実家に戻って食事を取ることができなかった。久しぶりということもあり貴子は気が重かったと話す。
「その上、夫が急な出張になってしまって、私は千枝さんと2人きりで食事しなきゃならなくて……。とはいえ、約束を破るわけにも行かず、実家を訪れたら、なんだか部屋がすごいことになっていたんです」
玄関にも食卓にも花が飾られ、テーブルにはご馳走がずらり。キッチンから出てきた千枝は、真っ白いワンピースにふりふりのレースがついたエプロンをしていて、口には目の覚めるようなピンクのリップを塗っていたという。
「あっけにとられて何も言い出せませんでした。いつもはどちらかというとシックでシンプルな着物やファッションを好む人だったんで、その変わりようにも驚いてしまって……。千枝さんに促されて私がテーブルに着くと千枝さんはグラスにシャンパンを注いで、乾杯を求めてきたんです。何の乾杯ですか? と聞いたら、耳を疑う答えが返ってきたんです……」
「私、妊娠したの! 光良の子どもよ」
衝撃の後編へ続く。
取材・文/悠木律