きっかけは、些細な誘いからだった。
「ねえ、チケットが余ったんだけど愛ちゃんも一緒に行かない? お金はいらないから」
※この記事は取材を元に構成しておりますが、個人のプライバシーに配慮し、一部内容を変更しております。あらかじめご了承ください。
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娘の保育園時代に仲良くなったママ友、友香(仮名)から、ある日もらった、男性アイドルのライブチケット。
愛(仮名)が人生で行ったことのあるライブといえば、平成の歌姫のものくらいで、もう何年もライブと言えるようなものに行った記憶はない。
「でも私、この人達の曲は一曲も知らないし……」
「大丈夫、ジャニーズみたいに大きいアイドルじゃないから。いわゆる地下アイドルなの、だから曲なんてわかってなくても大丈夫。すっごくフランクな感じだから! 私1人で行くの嫌なのよ、来てよ」
断るのが苦手な愛は、「まあ、そこまで言うなら……」と渋々チケットをもらうことにした。
家に戻り、夫に報告する。
「たまには息抜きに行ってこいよ、週末は子供ならファミレスにでも連れて行っておくから」
「え〜、お母さんライブに行くの? いいな〜」
小学4年生の可愛いひとり娘が、羨ましそうにこちらを見ている。
近所の薬局で医療事務のパートとして働きながら、日々家事に追われているだけの愛には、趣味と言えるほどの趣味もないのが悩みだった。
だからこそ、こうやってママ友から誘われることは実はとっても嬉しい。無趣味の自分は、逆を言えばどんなものでも楽しめるような気がするから。
ママ友の友香が待ち合わせ場所に指定したのは、新大久保の小さな路地裏だった。
「こんな場所にライブ会場があるの!?」
待ち合わせ場所での愛の第一声に、友香がニヤリと笑う。
「そうなのよ、それもまた醍醐味なのよ。有名アーティストの大きなライブ会場ではこんなことないからね」
雑居ビルの小さな入り口でチケットを提示し、ドリンク代といわれて500円を払う。地下への狭い階段を降りると、そこには小さなステージがあり、既に50人ほどの自分と同じくらいの世代であろう女性ファンがぎゅっとそのステージを取り囲んでいた。
50人もいれば、ほぼ満席と言ってもいいのではないのだろうかというほどの小規模なその会場は、愛にとって驚きだった。
「こんな小さい場所なのね、ということは、すっごくステージが近いのね」
「そういうこと!」
友香がぐいぐいっと人並みをかき分けて、愛と共にステージへと近づいた。
幕が上がると、——そこには照明に照らされた、男性が3人立っていた。
愛は思わず、息を呑む。身動きができなくなるほどの衝撃が走る。
センターに立つ、金髪の若い男の子。ステージまでは、手を伸ばせばなんだか届きそうになるほどの至近距離。その中で、愛はそのセンターの男の子と確実に目が合った。
「ヒカルゥ〜!」
友香がセンターの男の子にそう叫ぶのを見て、愛はこの男の子の名前を知った。年頃は、20歳ぐらいだろうか。自分より一回り以上も年下の、もはや男性というよりは男の子。
でも、どうしてこうも目が惹きつけられるのだろう。
一瞬で目を奪われた愛は、最初から最後までヒカルのことだけを見つめていた。
照れ隠しをするかのように笑うヒカルの、一生懸命なダンスや歌う姿をじっくりと見つめることしかできないままに、ライブは終演を迎えた。
「すごかった、特にヒカルくんって人、すっごくカッコよかった」
放心状態でそう語る愛に、友香はニヤニヤしながら語りかける。
「まあまあ、奥さん、本番はここからなんで」
「……どういうこと?」
Text:女の事件簿調査チーム