料理芸人のクック井上。です！ “飲食店は開店してから、2年以内に半数が閉店に追い込まれる”
というデータがある中、町には長年お客さんに愛され続けてきた洋食屋さんがあります。そんな老舗の洋食屋を巡り、その想い、歴史、人、町に触れる連載コラム【洋食天国】。vol.27は、恵比寿駅より徒歩14分、広尾駅より徒歩10分、白金北里通りに位置する『ハチロー』にやって参りました。
大正時代に創業して繁盛した『小寺醤油店』が昭和2年に建てた造長屋の一角にあり、建物からは東京大空襲を乗り越えた強さを感じます。“お座敷洋食”と書かれた、古き良き時代の香りがプンプン漂う看板に期待を膨らませつつお邪魔します。
ランチ時は、ハンバーグ・魚フライ・メンチカツなどの中からメインが選べる「お昼のサービス定食（ライス・お味噌汁・お新香付き）」（700円）があるが、今回はそのメインたちが盛り合わせになった「ミックスフライ」（1150円）を注文。今回も特別に厨房にお邪魔させていただきました。
■厨房で「ミックスフライ」を作る光景
ミックスフライは、メンチカツ・カニクリームコロッケ・エビフライ・魚フライという夢のラインナップ。
パン粉を纏ったフライ界のファンタスティック4を揚げていきます。素材を鍋に入れると、水分と油が反応する揚げ物の音が厨房に響き渡り、いつまでも聞いていられる耳心地の良さに、思わず笑みがこぼれます。揚げ物を揚げている間につけ添えの野菜をお皿に盛るのですが、レタス・千切りキャベツ・トマト・きゅうりに加えて、セロリもプラス！
こういうホスピタリティと丁寧さは嬉しい限りです。さて、サクッと揚げて少し置いて余熱で中まで火が通った揚げ物たちがお皿に勢ぞろいし、メンチカツにはお店特製のデミグラスソースがかけられました。そろそろテーブルに戻ると致しましょう。
■食感と香りが際立つ「ミックスフライ」にご飯おかわり必至！
いよいよ到着しました、『ハチロー』の揚げ物のオールスター盛り「ミックスフライ」（1150円）＋ライスセット（350円）。こんがり揚がっていて、目にした全員が思わず“茶色は正義！”と心で呟いてしまう一皿です。
主役だらけで何からいこうか迷ってしまいますが、あのYMO（イエロー・マジック・オーケストラ）の細野晴臣さんも大好物だと公言しているという＜魚フライ＞からいってみましょう。サクッとしたパン粉の下からは肉厚なカレイがお目見え。しっかりと中まで火が通りつつも、しなやかな舌触りとジューシーさが保たれており、上品な旨味が口いっぱいに広がります。ソースで良し、マヨネーズで良し。
お次は、デミグラスソースがかかった＜メンチカツ＞をば。タネは、つなぎは最小限で肉肉しく仕上げているいるのがよくわかる一品。味付けはシンプルで肉の旨味がダイレクトに伝わります。そこにビターなデミグラスソースが更なる深みを加えていて絶品。練りからしがよく合います。
＜エビフライ＞にはソースとマヨをWでつけてGO！ 嗚呼、噛んだ瞬間に鼻腔を支配する海老の芳醇な香りよ。活き活きした海老が歯を押し返し、歯が入った瞬間にプリっと身がはじけます。尻尾もカリッと揚がっていて、スナック菓子のような軽やかさ。追加で注文したくなります。
＜カニクリームコロッケ＞は何もつけずにそのままが◎。噛んだ瞬間、なんとも優しい気持ちになるベシャメルソースが舌全体を包み込みます。ほのかに香るカニの薫りとパン粉の香ばしさも相まって幸せの境地に。カニクリームコロッケって、やっぱり特別な食べ物だと認識します。
どの揚げ物もご飯泥棒で、誰もが懐かしいと感じる味×おうちでは出会えない味＝普段の最高を体現していています。これだけご飯泥棒な揚げ物が4つもあるのに、サイドメニューがこれまた素晴らしい。ほっとする塩加減にたっぷりな具材のお味噌汁。
更には、日替わりで出される小鉢。この日は麻婆豆腐だったのですが、ミックスフライもあるのに、下手するとこの小鉢だけでお茶碗一杯いけちゃうから、ご飯大盛りじゃないとペース配分がおかしくなる始末。
おまけに箸休めの塩昆布やお新香もあって、全く箸が休まらない（笑）。サービス精神の塊のような店主さんなんだろうなぁ。ここからは、店主の鉢蝋（はちろう）さんご夫婦にお店の成り立ちや想いについてお話を伺います。
■お店に来ると“よし、やろう！”と元気になる！
── お店の歴史について教えてください。
鉢蝋信雄さん 私の叔父が、渋谷・宇田川町で『レストラン ハチロー』（2006年に閉店）を開業しました。戦後の昭和何年だったかな？ ちゃんと聞いておけばよかったね。うちの父は小学校の頃に亡くなって、叔父が父親代わりだったんですよ。
── そうなんですね。いつかは継ぐような気持ちで『ハチロー』で修行を積まれたんですか？
鉢蝋信雄さん 最初は嫌だったけどね（笑）私は、最初は宇田川町の本店で働きだしました。ここは昭和28年に支店として開店しました。昔は従業員さんが働いてましたが、昭和58年頃に私がここを任されるようになりました。
── お店の看板に“お座敷洋食”と書かれてました。
鉢蝋とも枝さん 渋谷・宇田川町にあった本店は、最初は2階建ての一軒家でした。1階がテーブル、2階がお座敷。ここも2階はお座敷です。
なんとも趣深い、2階のお座敷。── 座布団の上で、お箸で食べる洋食は落ち着いてていいですね。それにしてもボリュームありました。小鉢も箸休めもあって、ご飯が進みすぎます。
鉢蝋とも枝さん うちはご飯のおかわり自由なんです。だから若い方はほとんどおかわりしますね。大盛りで頼んで、その上でおかわりしたり（笑）。
── その気持ちわかります！芸能人やミュージシャンの方なんかも、プライベートで来られるようですね。
鉢蝋信雄さん 厨房にいるとなかなかわからないんだけど、お客さんから“○○さんが来てたよ！”とか教えて貰ってね。番組でもいろんな方が来てくれて。『逃げ恥』で共演したての頃のガッキーと源さんとか。
── 凄い！『ハチロー』が思い出の味になってますね。長い間お店を営まれていると、『ハチロー』の味だけじゃなく、建物や風景も含めて思い出として胸に刻まれている方が多いんじゃないでしょうか。
鉢蝋信雄さん そうだね。この建物も古いけど、昔は近くに傘屋さん・染物屋さん・蕎麦屋さん・煎餅屋さん……、色々あったけど今は古くからのお店はうちだけになっちゃった。だから、昔この辺り住んでた方が久しぶりに来ると“『ハチロー』さん、まだやってんだ。懐かしい！”ってね（笑）。でも、町が新しくなるのは寂しくない。いいよ。楽しいよ。
── 見た目も心も若々しいですね！歴史あるお店、後継ぎは息子さんがされるんですか？
鉢蝋とも枝さん 次男がいまイタリアンをやっていて、“継ごうかな”みたいな話は少し。でもそうしたら、長男も昔は料理関係やっていたから気にはなって興味はあるみたいで（笑）。うちは一応、長女・長男・次男、子どもはみんな調理関係の専門学校には通いましたからね。
── 3人が3人とも調理関係に進むって、親の背中を見てるんですね。
鉢蝋信雄さん でもね、完全に継ぐとは決まってない。息子たちもそこまでは言わないんだよね。“腰は大丈夫？”と、そこまで（笑）いつかどうにかとは思うけど、私たちもまだまだ元気だからね！ここに来るのが楽しいよ。日曜日は定休日なんだけど、結局来ちゃう。やることもあるし、居場所だね。お店に来ると“よし、やろう！”と元気になる！
昭和23年生まれの鉢蝋信雄さん、まだまだ現役バリバリ！ 肌も髪も気持ちも、ハリがあります！ お話を伺ってパワーを頂きました。
最後に、鉢蝋信雄さん＆とも枝さんと記念撮影し、お店を後にしました。白金といっても、白金北里通りは、プラチナストリートのようなお洒落感ではなく、どこか懐かしい雰囲気があるのは『ハチロー』のおかげだと言っても過言ではありません。
皆さんの周りにも、通りや町の雰囲気すら作ってしまう、そういう思い出の「洋食」ありませんか？ 「洋食」という名の日本の食文化。まだまだ巡ってその想いや歴史、人や町に触れたいと思います。
ハチロー
東京都渋谷区恵比寿2-39-4
03-3444-8600
営業時間11:30～14:30／18:00～22:00頃
不定休
新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合がございます。ご来店時は事前に店舗にご確認ください。
Text：Cook Inoue
Photo：Takuji Onda
Edit：Takashi Ogiyama
クック井上。プロフィール
お笑いコンビ「ツインクル」のクック井上。です！ 芸人でありながら、食のイベントMC・料理教室講師・食のプロデュース等も！ ●フードコーディネーター●ホームパーティー検定●食育インストラクター●野菜ソムリエ●BBQインストラクター●アスリートフードマイスター●こども成育インストラクター●パエリア検定 など食に関する資格も多々あり。
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