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CAR スーパーカー回顧録

【ランボルギーニ・イオタ】幻のスーパーカーの伝説はココにあり。

皆さんこんにちは。中年B、ノリシゲセイイチ(56)です。

以前、聖地巡礼としてシーサイドモーターに行った時のハナシに触れましたが、その時に確か、カウンタックとイオタの生写真を買ってきたんですよね。で、紆余曲折ありオトナになってから、「ああ~あのイオタね。ワタシが作りましたよ」という板金屋のオヤジさんと知り合ったことがあります(いまだ電話をくれます)。

かつてスーパーカー少年だった方なら皆さん耳タコなんですが、イオタはミウラをベースにワンオフでレースを想定して魔改造を施したプロトタイプ車両なので、図面といったたぐいの資料はありません。で、オヤジさんがどうしたかというと、とにかくわずかな雑誌の記事をかき集め、写真を見てリベットを数えたり大変苦労したそうな。

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とくに苦労したのはミウラのボディがアルミ製ということで、コレが鋼板ならわりと造形はラクなのだそうですが、もう切ったり張ったりの連続で、リアのブリスターフェンダーの造形は鋼板の様には叩き出せず、かなり苦労したそうです。

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で、本物のイオタにハナシを戻すと、トータルで2万キロほどテスト走行を行い、ピレリタイヤのテストも行っていたそうです。おそらく1970年頃でしょうから、この時のデータがP7の開発のデータ取りに一役買ったのかもしれませんね。

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余談はさておき、この1台しかないイオタはチーフテスターのボブ・ウォレスがコツコツと就業時間外に作っていたそうで、一応、フェルッツィオ・ランボルギーニも黙認していたそうな(好きなことをやらせて活力を与えていた感じ?)。

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ところが、ランボルギーニの経営が危うくなり、また、イオタの存在を目ざとく聞きつけたランボルギーニ・ディーラーが売ってくれと懇願。で、イオタはドナドナ。そして、ココからが悲運の始まりで、このディーラーが納車前の試運転で大クラッシュ! 以来、イオタは幻のスーパーカーとして運命を歩みます。

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再生不能な事故でしたから、一部の部品はミウラの血肉となり、本物のイオタ既にありません。しかし、ミウラオーナーたちの何人かはイオタ仕様にコンバートすることをランボルギーニに依頼。正式に『ミウラSVJ』のプレートをもつ個体は3台(?)というハナシもありますが、外部ビルダーが製作したイオタ仕様を含めてもおそらく十数台程度かと思われます。かくいうワタシももう1台のコンバート・ミウラの存在を知っています(日本)。

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ですが、これらのイオタが決定的に本物と違うのはそのボディ構造です。本物は左右のスカットル内に燃料タンクを設け前後の重量バランスを最適化。ちょうどフォードGT40のような構造です。つまり、コンバート・ミウラはボディワークを変更しエンジンをチューニングしても本物のイオタを再現できていないのです。

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漏れ伝わるところによれば、イオタの生みの親であるボブ・ウォレスもイオタの再現に挑戦したそうですが途中で挫折。かなりの難易度ですね(笑)

しかし、この難題にチャレンジし、クローンか、あるいはそれ以上と呼べるレベルのコンバート・ミウラが存在するようです。1台は英国のガレージが実現したそうですが、自粛期間中にYouTubeを見まくっていると、日本で挑戦し見事に再現した皆さんもいらっしゃるようで、もうフレームからボディまで完全手作りでした(拍手)。

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画像のイオタは1968年式ミウラSをオーナーがランボルギーニに依頼し、1975年に完成した1台であり、そのオーナーがカウンタックのリアウイングをさらに装着し乗っていたことから『イオタSVR』というネーミングになったという逸話があります。

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経緯や真意はどうあれ、この個体はランボルギーニがSVRとして正規にレストアしたことをアナウンスしていますので、大変希少なイオタファミリーの1台といえます。それにしても、イオタってまさに魔力をもったスーパーカーですね(サーキットの狼に登場したSVRはこの個体が見本となっているそうです)。

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もう一台、じつはオンリーワンのミウラがあります。それは『P400ロードスター』です。じつに美しいですね。ルーフとサイドウインドウは当初から製作されず、まさにショーカーという感じ。正式名称ではありませんが、コレが高じてミウラ・スパイダーとも呼ばれます。

1968年のブリュッセル・オートショーに展示されたショーカーで設計と製作はベルトーネが担当。この個体は金属メーカーのILZROが自社の技術展示のため発注しました。その後に何人かのコレクターを経由しましたが、おそらくいま米国にあると思います。

伝説級のエピソードの数々にすべて追いつくことはできませんが、それこそがスーパーカーという存在ですよね。ではまた!

Text:Seiichi Norishige



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