ポール・スチュアート直営限定アイテムがいよいよ登場
こんにちは、赤峰幸生です。
ビームス在籍中からずっと懇意にしてきた鴨志田康人さんが新しいチャレンジを始めます。「ポール・スチュアート」の秋冬コレクションから日本におけるディレクターに就任し、ブランドも新たにスタート。5月末にはブランド初登場の直営限定アイテムのお披露目も終えて、いよいよ8月21日(水)より店頭に登場する予定です。
赤峰 ようこそ「めだか荘」へ! やっと来てくれましたね。
鴨志田 前から来たい、来たいと思っていましたが、このタイミングで来ることができました。
赤峰 後でスーツ生地を置いてある2階もご案内しますよ。
鴨志田 先日は、表参道のポール・スチュアート青山店での秋冬プレビューにはご来場いただきありがとうございました。
赤峰 盛況で何よりでした。発表してから評判はいかがですか。
鴨志田 赤峰さんをはじめ、ファッション業界の諸先輩方々に来ていただいて、おかげさまで良い評判をいただいています。「変わったね」、「ポール・スチュアートらしいね」、「カモシらしいね」と(笑)。
赤峰 それは良かったです。ポール・スチュアートは、自分が手がけていたブランド「グレンオーヴァー」時代に取引があって、なにか縁を感じました。日本におけるディレクターとしてどういう思いで取り組んでいますか。
鴨志田 若い人たちから見ると、「アメリカのトラッドブランドの一つ」という感じでしょうが、ポール・スチュアートは、英国のスピリットやイタリアのファクトリーの良さをミックスしたNY・マンハッタン発の「良質なスタイル」を発信しています。1938年創業以来変わらない「NYスタイル」を伝えたいですね。
ポール・スチュアート 2019秋冬コレクション プレビューより
アパレル不況というけれど、簡単にいうと「楽しくない」
鴨志田 いよいよ秋冬コレクションが立ち上がる時期ですが、赤峰さんは今のアパレル業界をどう見ていますか。
赤峰 単刀直入に言って、百貨店も大手アパレルもセレクトショップも全部ダメ。簡単に言っちゃうと「楽しくない」んですよ。昔はセレクトショップに行くと、驚くような出合いがあったりしたけど、今はすべてがブランド、ブランドになっちゃって、時代が混沌としている。鴨志田さんはポール・スチュアートを引き受けたけど、きっとどこかやりにくさを感じているはずです。
鴨志田 確かにトレンドは「ファッション以外」に移っていますよね。食や旅、健康、スポーツなど、「カルチャーとしてのトレンド」になっています。実際、日本にはその部分が物足りなかったので、全体を見ると良い時代になってきているのでしょう。
赤峰 時代が混沌としているからこそ、今は「服作り」の基礎工事からやり直さないといけない。作り手も売り手も、あり方そのものの根幹から見直さないといけないんですよ。そういう意味で、鴨志田さんは難しいけど良いタイミングで仕事を受けたなと。
鴨志田 ファッションを含めた人生を豊かにするものを五感・六感であじわって、その中に服があり、自分のスタイルが後からついてくるというのは、ある意味で正しいですからね。
赤峰 今はみんな「ディフェンスマインド」が強いから、雑誌も売れない、服も売れない、つまらない。楽しいところがないんですよ。でも、蔦谷書店にいる人は楽しそう。とりあえずみんな「空気」を楽しんでいる。「空気」という商品を買っているよね。
鴨志田 あぁ、なるほど。「興味の持ち方、広げ方」という意味で、その辺がヒントになるかも知れませんね。
赤峰 「あそこに行ったら楽しめるよね」という思いが人を動かしますからね。昔の百貨店の屋上の遊園地とか、ご馳走が並んでいた大食堂とか、そういう吸引力があった。今はみんななんでもネットだからね。
服とともにあった青春時代を振り返る
鴨志田 赤峰さんは服と関わって何年になりますか。
赤峰 54年ほどですね。始めた頃は、自分が好きなことをやりたいだけでしたよ。クチュールの服が好きで婦人服のアトリエに入った後、メンズは神田にあった小さな作業服屋のブランドを立ち上げることから始まって、大きな洋服会社で「量を売る」ことを教わり、それから自由が丘のトラッドショップ『ナックナカムラ』の親父が服を気に入ってくれて、28歳の時に会社を作って、ブランド「WAY-OUT」を立ち上げたところから始まりました。
鴨志田 「WAY-OUT」は大好きでしたよ。ナックナカムラにもよく行きました。「WAY-OUT」はVAN世代からするとそれまでにないテイストで、ちょうど良い塩梅にモダナイズされている都会的な服でした。
赤峰 ロロ・ピアーナやフォックスブラザーズの生地でスーツを作ったり、シャツではテスタ社やロメンティーノ社の生地を使っていたのもその頃でした。
鴨志田 ロメンティーノ社! 懐かしいですねぇ。自分は23歳からなので業界は40年弱になります。40年弱やっていますが、まだ若造だと思っているし、「これからだな、やっと分かってきたかな」という感じですね。
赤峰 鴨志田さんと最初に会ったのは『ビームスF』の時かな。店は3坪ほどしかなくて、商品を買ってもらいました。
鴨志田 懐かしいですね。僕はビームスFのアルバイトで入って、『ビームス渋谷店』のオープンスタッフになり、2年後に『インターナショナルギャラリー』で販売をしながら展示会などに連れて行ってもらって、「こんな服を作りたい」と企画を出したりしていました。当時はちょうどオリジナル商品の強化をしていて、「オリジナリティという意味での面白さを追求しようよ」という時代でした。
赤峰 ビームスに入る前は?
鴨志田 学生時代に『テイジンメンズショップ』でスーツを販売していました。その時に、「ビームスが渋谷店を作って、スーツやコートなど重衣料を扱うから」と誘われました。ちょうどフレンチトラッド出てきた頃で、ジーンズにツィードジャケットというスタイルが好きだったのもあって移ったんです。
赤峰 なるほど、『エミスフェール』がど真ん中の時代ですね。
鴨志田 テイジンメンズショップでは、「II型」のスーツを売っていましたが、あれから40年ほど経って、「II型というとポール・スチュアート」というブランドとの巡り合わせは面白いなと思います。
赤峰 そういう歴史を知っていて、実際に体験している鴨志田さんには、「変える覚悟」を持って納得できる服を作って欲しい。それが鴨志田さんの役割ですよ。僕にはない鋭い嗅覚をお持ちですから。
鴨志田 ありがとうございます。ビジョンを持って取り組んでいきたいと思います。
ポール・スチュアート 2019秋冬コレクション プレビューより
ポール・スチュアート
https://www.paulstuart.jp/
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ジャパン・ジャントルマンズ・ラウンジ
http://j-gentlemanslounge.com
Photo:Riki Kashiwabara
Text:Makoto Kajii