「真弓? 今日は会社へ泊まるけど、着替えはいらないよ」
「泊まるのは仕方ないけれど、明日も同じスーツで仕事をするわけにはいかないでしょ?」
「あー……そうだよなぁ。わかった。でも今、手が離せないから15分くらい待たせるかも。大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。車で待っているね」
やがて、会社の脇道から光が走ってくるのが見えた。
「ごめんね。ありがとう。助かったよ」
光は、ジャケットも羽織っておらずネクタイもしていない。
「あれ? 会社って他にも入り口あったっけ? それになんだか服が乱れているけど大丈夫?」
「うん、裏側にも出入口があるよ。狭いからいつもは皆使わないけど。ちょうどその扉のところで作業していたからさ」
「そっか。頑張ってね」
笑顔で光を送り出した真弓だが、夫は肝心なことを忘れている。
……あなたと私は、この会社で出会って結婚したのだから、どこに出入り口があるかなんて当然知ってるわ。あなたはいったい、どこにいたの? そしてどこへ戻ろうとしているの?
後編へ続く。
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