事実は小説よりも奇なり。それは、探偵の仕事をしていると時折実感させられる言葉だ。
それは、ある不動産会社からの依頼だった。
依頼者らは、茨城県のある土地を購入したところ、公図に食い込んでいる他の土地があることが測量で発覚。所有者が異なる、その土地も購入することが必要となった。
登記簿によって、土地の所有者は「若林キヨミ」(仮名)という人物だとわかり、彼女の住所である茨城県内にあるマンションの部屋を訪ねたが、人が住んでいる気配がない。
扉には一枚の張り紙がしてあった。そこには、長野県にある別荘地の住所が記載されていた。
登記上では、マンションの部屋の所有者は「若林キヨミ」のままで、ローンも既に弁済されており、他人に売った事実もないのだという。
そこで、依頼者らは、張り紙に書かれた、長野県の住所に足を運んだ。すると、そこには、平屋建てのコテージがあったが、周囲に鎖が貼られ、空家状態だという。
今度は、そのコテージの所有者を謄本で確認すると、全く別の「三谷一郎」(仮名)という人物だということがわかる。
だが、三谷氏は、既に登記上の住所に住んでおらず、三谷氏と連絡も取ることもできない。
結局、依頼者らは、「若林キヨミ」の行方を知ることができずに途方に暮れた。
「どうにかして、『若林キヨミ』か、彼女の相続人を探して、連絡を取れるようにしていただけないでしょうか?」
そして、困り果てた依頼者らは、弊社に駆け込んできたのだ。
まず、我々は手間と時間をかけて「三谷一郎」氏を探し出し、話をすることができた。幸い三谷氏は、「若林キヨミ」にコテージを貸していたころのことを覚えていた。
「ここには、居たりいなかったりだったよ。あの人の旦那は、ある右翼団体の幹部で、その筋では有名な人物だったんだよ。団体を抜けてからは、苗字を奥さんの方に変えて逃げるように暮らしているんだって、僕はあの人から直接聞いたんだよ」
そう三谷氏は言った。またキヨミは当時、旦那と5,6歳の女の子と暮らしていたという。キヨミらは、ある日突然「千葉の方に住む」と伝え、出て行ったという。事態は急にキナ臭くなってきた。
―千葉にキヨミの実家があるかもしれない―
我々は、三谷氏の手元に唯一残っていた、キヨミからの年賀状の差出先住所を教えてもらい、千葉県の前住所の周辺住民へ聞込み調査を実施した。しかしキヨミとその家族について得られたのは、たった一人の主婦からの次の情報だけであった。
「若林さんのことは覚えているけど、今どこにいるか分からない。突然引っ越してきたかと思ったら、またいつの間にか黙って引っ越しちゃって。旦那さんは……ちょっと普通のサラリーマンではないという感じだったわ」
千葉県の前住所地からも有力な情報が得られず、キヨミが未だ所有している茨城県のマンションだけが、最後の頼みの綱のように思われた。
調べてみると、そのマンションには管理人が常駐しているようだったので、早速、管理事務所に電話をかけた。電話に出た管理人は、年配の男性で、気さくな話し方をする人物だった。管理人は私が正直な事情を話したところ、
「本当は、あまり住民の個人的なことは話してはいけないんだけどね。ただ若林さんは、ある日突然行方不明になって、ずっとマンションの管理費を滞納していて、管理組合としても困っているんだ」
と、管理人は話した。
「失踪される前に、何かあったのでしょうか?」
「本当は、これも話しちゃいけないんだろうけどね……」
そう言いながら、管理人はある事実を教えてくれたのだが、それが事態を打開する糸口となったのだ。次回に続く。
探偵 こころたまき