「俺も結婚したんだよ〜!」
「へえ! おめでとう!」
勝ち確だと思われていたグループリーグでのコートジボワールの敗戦に憤る客たちの声で騒がしいスポーツバーのカウンター席で、綾子は消えかかったビールの泡に目を落とした。
「前回、綾子が結婚したって聞いて俺も焦ってさ」
「そっか。もうそんなお年頃よね。周りも30歳を超えて焦った子たちの結婚ラッシュだよ」
「綾子のところ、子どもは? もう結婚して6年だっけ」
「いるよ。いま3歳の女の子。だから今日はもう帰らなきゃ」
綾子は席を立つとトートバッグから財布を取り出し、5000円札をテーブルに置いた。
「ごめん。じゃあ」
航平は、指輪が消えた綾子の左手の薬指にも、4年前から使い続けているフェイクレザーのバッグにも気付かなかった。
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