FOOD ― いま食べるべき“カレーライス”

南新宿で18年。毎日食べたい“バーのカレーライス”を今すぐ味わって!

2018.6.29 2018.6.29
2018.6.29

今回は南新宿「moonbow(ムーンボウ)」

現地完全再現の本格インドカレーからご当地カレーまで、百花繚乱な日本のカレー事情。そんななかから、いまも進化を続ける日本独自のカレーを「カレーライス」と定義し、個性溢れる「今食べるべきひと皿」とその作り手を、気鋭のカレーライター 橋本修さんが追いかけていきます。

今回橋本さんが訪れたのは、南新宿の「moonbow」。小田急線南新宿駅からはわずか1分ほど、新宿駅と代々木駅からも徒歩圏内という場所で、2000年にオープンしました。じつはこのmoonbow、純粋なカレー屋ではなく、本来はミュージックバー。しかし、オープン当初から平日のランチタイムのみ提供している本格カレーが評判を呼び、いまでは都内でも指折りの実力派カレー店として名を馳せています。

18年ものあいだ、昼のカレー店営業と夜のバー営業をひとりで切り盛りするのは、マスターの浦島さん。もともとアパレル企業のサラリーマンだった浦島さんが、「東京で一番好きなカレー」として推されることも少なくない絶品カレーライスにどうやって辿り着いたのか。その意外な経緯に迫ります。

夜はバー、昼はカレーの“セルフ二毛作”

カウンターのみの店内は、まさにバーそのもの。決して広くはないキッチンで、絶品のカレーライスが調理されます。

小田急線の南新宿駅から徒歩1分。とはいえ、決して人通りの多くない路地に店をかまえるmoonbowは、カウンター奥に並ぶ多数のCDやオーディオ機器、壁一面に貼られた有名ミュージシャンのライブ写真などからもわかる通り、良い音楽とおいしいお酒が楽しめるミュージックバーです。しかしオープン当時から、バー営業と平行してランチタイムにカレーを提供していて、これが絶品。東京のカレー好きにはよく知られた名店なのです。昼はカレー、夜はバーという形で18年ものあいだひとりで切り盛りする浦島さんですが、なぜこの場所を、そして、なぜこのような業態を選んだのでしょうか。

「昔、友人が近所のマンションに住んでいたんで、少し地の利があったんです。南新宿っていう小さい駅ですけど、そこから近いのに加えて、意外と新宿や代々木からも歩ける距離だし、人を呼びやすかったのが一番大きいですね。

カレーは、バーをはじめたときから同時にはじめました。サラリーマンだった頃ちょっと時間があったんで、ジャズのギターを習おうとスクールに通っていたんですよ。まだ六本木にピットイン(ライブハウス)があった頃、よく見に行っていたバンドのギターの人がちょうど先生をやっていたので、その人に習いたいと思って通うことにしたんですね。でもその人、全然ジャズのことを教えてくれなかったんです(笑)。他の生徒はみんな譜面をもらっているのに、僕が食べること全般好きだったからなのか、自分だけなぜかカレー屋の地図を渡されて。柏のボンベイとか、いろいろ教えてもらいました。すごくカレーが好きな人だったんですね。いま店で出しているチキンのカレーは、その人から教わった作り方がベースになっています。でも茄子のカレーは、元々店をはじめる前から自分で作っていたものですね」

目指したのは「週に3回食べられるカレー」

月曜日と火曜日はチキンカレー。ピクルスにチャイまで付いて800円という、うれしい価格設定。盛りの良いライスは少なくすることも可能で、常連さんが好むライス量はすべて把握しているそう。

ジャズ・ギターを習いにいったらカレーのレシピや名店を教わることになるという、まさかの展開がいまのmoonbowにつながっているのだから、人生なにが起こるかわかりません。そのカレーはというと、一般的な日本のカレーライスとは一線を画す、汁気の多いシャバシャバなカレーだというのも特徴のひとつ。南インド料理にインスパイアされたものなのかと思いきや、そこには南インド料理で多く用いられるココナッツも使われていなければ、インド料理の美味しさの肝ともいえる、油も極力排除されています。

「カレーはホールのスパイスとカレー粉を使っています。インドカレーの場合、ホールのスパイスを油で抽出(テンパリング)するじゃないですか? でも僕は煎じるんです。とうがらしや胡椒も一緒に煎じたそのスープをカレーに使うので、シャバシャバだけどスパイシーで油が少ないカレーができるんです。うちのチキンカレーは最初のころ、チキン以外の具をすべて濾していたんですよ。本当にスープとチキンだけのカレー。さすがにもったいないので、すぐにやめましたけどね(笑)。

チキンもひき肉も、肉から出た脂は捨てちゃいます。旨味はあるんですけどね……皿に残る油を見るのが怖くて(笑)。自分が特別ヘルシー志向とかそういうわけじゃないんですが、女性のお客さんも多いし、バー営業のときにも残っていればカレーを出すので、お酒飲んだあとに食べるカレーって考えると、やっぱりあまりクドくないほうがいいかなと。メニューも、元々はチキンカレーだけにするつもりだったんです。でも近所の方が、週に3回とかリピートして来てくれることも多いので、バリエーションを増やしました。ひとつのメニューで飽きられちゃうのが怖かったんですね。油を減らしているのも、それと関係あるかもしれないです。重たいカレーだと『月に1回食べればいいや』となってしまいそうで」

ずっと変わらない「1日18食」の意味

小田急線の南新宿駅からすぐ。静かな路地に面していますが、代々木駅、新宿駅から歩いても10分圏内という好アクセス。

ランチのカレーは日替わりで1日1種類。チキンカレー、茄子とひき肉のカレー、ほうれん草のカレーのルーティンになっています。毎日仕込みは18食分。「音楽だけでご飯を食べていると静けさが気になるときがあるから、人の声が入っていたほうがいい」と、ピーター・バラカンや山下達郎のラジオ・プログラムが流れるわずか9席の店内で2回転分、ということになります。そのため、12時台には完売することが多く、もちろん浦島さん自身のまかないになることもないそうです。

「自分でも食べたいとは思うんですけど、自分で食べるんだったらお客さんの分をとっておいたほうがいい。だからといって、毎日作る量を増やそうとも思っていなくて、ずっと1日18食分だけ。それ以上にしようとしたことはないんです。駅近とはいえ人通りが少ないので、13時を過ぎるとお客さんがまばらなこともありますし、とくにテレビなんかで『すぐ売り切れる店』みたいな感じで出ちゃうと、みんな最初から諦めちゃうみたいで、いつも以上にお客さんが少なかったりするんですよ。仕込んだ分が残る、ということがすごくプレッシャーにもなるので、今で充分かなと。あとはやっぱり、服のブランドなんかと同じで、ちょっと少ないくらいのほうが価値を感じるじゃないですか(笑)」

絶妙なタイミングで供される、こだわりのチャイ

本家超えの噂もあるチャイ。この高さは、決して大げさなパフォーマンスにあらず。

カレー以外にも触れておきたいmoonbowの特徴といえば、高いところからグラスへサーブされる、泡立ったチャイ。ランチのカレーにはチャイがセットになっていて、カレーを食べ終えるちょうどのタイミングで、丁寧にサーブしてくれます。

「チャイもお店をはじめる前にいろいろ飲んだんですが、カンテ・グランデというインド料理屋さんが大阪にあって、そこのチャイがすごく美味しかったんです。それで、当時広報をやっていた方にレシピを教えてもらいました。注ぎ方もそうですが、茶葉も同じものを使っています。僕ももう18年くらい淹れているんで、もしかしたら本店より美味しいかもしれませんね(笑)。高いところから注ぐのは、飲みやすいように少し温度を下げるということと、泡をたてた方が膜が張りにくいんです」

夜は音楽を肴に

壁一面に貼られた超大物ミュージシャンの写真は、どれも写真家・生井秀樹さんの作品。圧巻です。

先にも書いたように、夜のmoonbowはミュージックバー営業。照明がグッと落とされ、カウンター裏に積み上げられた膨大なCDやライブDVDのコレクションが流れる、昼とはまったく異なるこの空間こそが、本来の姿なのかもしれません。昼の慌ただしさとは打って変わり、常連さんとのコミュニケーションが多い、バーとしてのmoonbow。昼と夜とで、浦島さんの気持ちにも変化があるのでしょうか。

「実際の作業としてはカレーの方が断然時間はかかるんですが、自分のなかでは昼も夜も半々くらいのつもりです。でも、夜は案外適当ですよ(笑)。好きな音楽を流しながら、酒を作って、自分も飲んで。普通に近所の人がフラッと寄ってくれることも多いので、来てくれるお客さんがみんな音楽好き、というわけでもないんですよね。だから、たまにわざとベタな曲ばっかりかけるとウケたりするんですけど、それはそれでとても面白くて」

1日18食と決めて、メニューも月火はチキン、水木は茄子、金はほうれん草のそれぞれ1種類のみで、1週間を通しても3種類。食材の高騰など特殊な事情が無い限り、限定メニューなども作らないというこのルーティンは、1人で昼夜を切り盛りするため、仕込みを合理化した結果でもあります。しかし、それでもやはり負担は大きいそう。20周年も目前に迫ったmoonbowの今後について、最後に聞いてみました。

「だんだん身体はきつくなってきていますけど、夜(の営業)だけだと、ちょっと厳しいと思うんですよ。もし、本当にキツくなったら、あとは田舎に引っ込むしかないとは思っています。東京はやっぱりいろいろ高いですから。でも、もし隠遁してもバーは続けたいというか、音楽を聞かせる店は続けたいですね」


現役のバンドマンでもあるマスター、浦島さん。“浦”マークのエプロンがキュートです。カウンター奥にそびえるCD・DVDの山にも目を取られます。

そんなキャリアプランを話してくれた浦島さんですが、すでに10年近く通ういちファンとして、このカレーを誰かに引き継ぐつもりはないのか? とたずねたところ、「なにも秘密はないから、もしそういう人がいれば……」という、ちょっと意外な答えが返ってきました。店は人ありき、というのはもちろんですが、moonbowファンの方は、ご一考してみてはいかがでしょうか?

Photo:Takuya Murata
Text:Osamu Hashimoto
Edit:Yugo Shiokawa

今回訪れた店

moonbow(ムーンボウ)
東京都渋谷区代々木2-30-4 ヨシダペアランドB 102
03-3299-5031
営業:
[月~金] ランチ 11:30~14:00(売切れ次第閉店)/ バー 22:00ごろ~翌1:00ごろ
[土] バー 22:00ごろ~翌2:00ごろ
定休:日曜日、祝日(土曜は夜のみ、カレーなし)

筆者プロフィール

橋本修(はしもと おさむ)
スパイスディーラーとしてストリートで名を馳せ、2017年からはカレーに特化した食ライターとしての活動を開始。先日、ライムスター宇多丸氏がパーソナリティを務めるTBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション」のカレー特集にも出演。電波の上でも日本のカレー事情をスムースにオペレートした。DJ、音楽ライターとしても活躍中。(イラスト:@animamundi_)
KEYWORDS
カレー

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