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FOOD 日本独自のカレーを探れ

無国籍? 多国籍? どこの国にも属さない唯一無二の絶品カレーライスを湯島で今すぐ味わって!

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現地完全再現の本格インドカレーからご当地カレーまで、百花繚乱な日本のカレー事情。そんななかから、いまも進化を続ける日本独自のカレーを「カレーライス」と定義し、個性溢れる「今食べるべきひと皿」とその作り手を、気鋭のカレーライター 橋本修さんが追いかけていきます。

今回は湯島「ホンカトリー」

現地完全再現の本格インドカレーからご当地カレーまで、百花繚乱な日本のカレー事情。そんななかから、いまも進化を続ける日本独自のカレーを「カレーライス」と定義し、個性溢れる「今食べるべきひと皿」とその作り手を、気鋭のカレーライター 橋本修さんが追いかけていきます。

今回橋本さんが訪れたのは、文京区湯島の「ホンカトリー」。御茶ノ水駅からも湯島駅からも徒歩10分ほど離れた住宅街の中という、決して通いやすいとは言い難い場所に位置しているにも関わらず、開店から1年も経たないうちに大量のリピーターを生みだしている、注目の新興店です。

「どんなカレーを出す店なの?」と聞かれると返答に困ってしまうほど、4〜5日ごとに更新されていくメニューは、オリジナリティ溢れるもの。「特別カレーが好きなわけじゃなかった」という店主・滝沢さんの人柄から、ホンカトリーの独創的なカレーについて紐解いていきます。

これまでの経験値に依存しない、新たな挑戦

どの駅からも少し離れた住宅地にひっそり佇むホンカトリー

ホンカトリーの店主、滝沢さんはこれまでベルギービールとともに30年近くを歩み、本国の団体から名誉騎士賞をもらうほどだったという、カレー屋としては異色の経歴の持ち主。同じ飲食業とはいえ、まったく畑違いともいえるビールの世界にどっぷりだった滝沢さんが、50歳を目前に新天地としてカレーを選んだ理由を、まずはたずねてみました。

「もともと飲食で働いていたんですが、最後は自分の店で終わりたいとは漠然と思っていたんです。でも、生涯ビールの仕事だけっていうのは嫌だし、なにより、今までの経験とアドバンテージでなんとかできちゃうようなことは、やっててもつまらないだろうなと。そんなことを、あとひとまわりで60歳というタイミングで考えて。

じゃあ何をやろうかと考えたときに、思いついたのが国民食。好き嫌いでメッタ斬りにされるから、基本的には怠け者の俺でも緊張感を持ってやれるかなと思ったんです。

国民食といえば、自分のなかではラーメンかカレーの二択なんですけど、まずラーメンで考えたときに、すでにあっさりラーメンで充分だと思っているのに10年作り続けることができるのか、そもそも、その頃はもうラーメンなんて食べてすらいないんじゃないかという結論に至って、カレーが残ったわけです。そんな経緯からカレーを作りはじめたので、インドもパキスタンもバングラデシュも行ったことがないし、興味もないんです」

深い理解があってこその“本歌取(ほんかどり)”

店主の滝沢さん。滝沢さんの話を楽しみに訪れる常連客も多いんだとか

あえて得意なベルギービールから離れ、圧倒的な競争率の国民食を選んだ滝沢さん。このエピソードをひとつとっても、一筋縄ではいかない店主のキャラクターがうかがい知れますが、和歌の“本歌取”が語源であろう、独特の店名も気になるところ。じつはその由来にも、滝沢さん流の意気込みが込められています。

「テレビを見ていたら、荒俣(博)先生が本歌取の話をしていたんです。芸能は模倣するところからはじまって、その理解して模倣するというプロセスを日本人は昔からやっていて上手なんだ、という話で。本歌取のすごいところって、先人が作った歌を引用して作られたものが、後世の人からしてみたらフルオリジナルなものと同等の価値になっているっていうことで。充分に元の歌を理解してから、さらに掘り下げるっていうことなので、中途半端なリミックスとは違うんですよね。

それを聞いて、まずは理解するところからじゃないとはじまらないなと思ったんです。僕にとってカレーは完全にアウェーなので、これは真面目にやれってことだな、って(笑)。店名は日本語由来の造語にしたいと思っていたこともありましたし、なによりこの名前にしたら、さすがの俺も怠けないんじゃないかって」

カレー屋だから、カレーに一極集中したい

タコキーマ + 小豆のカレー。まず他ではお目にかかれない、多国籍とも無国籍ともいえる副菜の数々、そして小鹿田焼のうつわが、より個性を際立たせます

照れ隠し的なニュアンスを含みつつも、自分は怠け者であると自己認識し、楽な方に流されないよう自身を律する滝沢さんですが、その意識はメニューからも見てとれます。「飲食」と一口で言っても「飲」の方が断然得意なはずなのに、ホンカトリーのメニューにはドリンクメニューがありません。コーヒーやチャイといったカレー屋の定番ドリンクどころか、これまで30年近く心血を注いできたビールも、そのメニューにはいっさい出てきません。

「本来、ビールどころか、アルコール全般のほうが得意なんです。でも、そんなものをメニューにしてしまったら、ペラペラっと調子のいいことを言いはじめてしまうわけですよ。『これはね~』って、ウンチクを語りはじめちゃう。そうすると、アルコールがメインの店になっちゃうんですよね。それはマズいな、と。会社をやめて、慎ましい生活を目指してカレー屋をはじめて、一番言われたくないのが『(前の会社を)やめなければよかったのに』なんですよ。

だから、ちゃんとカレー屋と呼ばれるまでは、他のことはしないようにする。他のことをするんだったら、カレーの種類を増やせって話じゃないですか。そのエネルギーをカレーに活かせ、って。SNSも同じで、拡散を狙っていろいろ準備して発信する暇があるなら、カレーを頑張って作るべきだと思っているんです」

失敗作をなんとか消化する過程で生まれたミラクル

メニューは魚介と肉、2種類のカレーが基本。大体4〜5日ごとに更新されます

ドリンク類のないホンカトリーのメニューはそれ以外もシンプルで、基本的にはその日のカレーが2種類だけ。しかし、そのカレーの独創的なビジュアルには、きっと驚かされることでしょう。カレーとライスが別々に提供され、ライスの皿の上には、カレーを食べ歩いている人でも見たことがないような食材、料理がところ狭しと並びます。このオリジナリティ溢れる構成のプレートは、日々の試作から生まれた副産物なんだそう。

「店を出す前、家で日々試作をしていたんですが、そこでできる大してうまくないカレーを消化しないといけないわけです。そうしないと次が作れないから。でも、やっぱり飽きてきちゃう。なので、どうにか食べきるために冷蔵庫の中の野菜や漬物を入れるようになったんです。もう、あるものを適当に入れるだけなんですけど、食べていると『あれ、これはなにを入れたんだっけ?』って、たまたま美味かったりすることがあるんですよ。さっきまでダメだったはずのカレーが、あとから入れたなにかによって、随分イメージが変わるんです。そういう経験のあとにスリランカや南インドのカレーを食べたとき、あぁ、あながち間違っていなかったんだな、と思いました。

あと、ここまで野菜の量が増えたのには理由があって。ライスの量を選べるようにしているんですけど、とくに女性は量を減らす方が多いんですよ。うちのメニューはどれも1食1,000円に設定しているんですが、それは僕が小銭を用意していないからという理由なんですよね。だから、減らしたライスの分値引きをしようとすると、1,000円かタダの二択になっちゃう。でも、タダにするわけにもいかないんで『じゃあ野菜全部乗せにしますか?』なんて調子のいいことを言って、いろんなものを乗せたら、全然そっちのほうがバランスが良くて。これはケチくさいことをするなってことだなと、翌日から野菜を増やしたんです(笑)」

どこかの国のカレーに近づいていくはずだった

店内はカウンター席のみ。内装は工務店を使わず、ほとんどDIYで仕上げたそう

ライスの上に乗るのは、例えばこんな感じ。ファラフェル(中東風コロッケ)、コーンフレーク、ビーツのチャトニ、かぼちゃやキャベツのスパイス炒め。それに、卓上の調味料や付け合せには、インドのアチャール以外に、ナンプラーや、島唐辛子と酢を合わせたものまで。他のカレー屋ではなかなかお目にかかれないものも多いですが、季節感やさまざまな食感を楽しめるだけでなく、特定の国のスタイルに執着することのない、唯一無二のカレーを創り上げる大きな要素になっています。

「ファラフェルはウケが良くて、引くに引けなくなったパターンです(笑)。それに卵も衣も使わない素揚げだから、揚げ物なのに食後が軽いんですよね。テーブルに置いている島唐辛子もナンプラーも、自分のカレーがまだどこの国にもたどり着いていないから。もしかしたら、あと1年くらいしたら卓上調味料も1種類だけになっているかもしれない。手数を増やしてなんとかしている部分っていうのは、もっと上手になったら減っていくと思います。単純に数を減らすこともあるかもしれないし、いま、ライスを炊く時にバイマックルを入れたりするんですけど、そうやって一緒に炊いたりするような手法になるかもしれないですね」

変化を定点観測したいカレー

店の入口が奥まっているため、住宅街の中で唯一の手がかりとなるのがこの看板。とにかく普通な感じにしたかったというロゴは、当初ワープロソフト「Word」で作ろうとしていたんだとか

現在は日替わり/週替りに近い形態のメニューで、カレーは2種類。多くは肉と魚が1種類ずつで、基本的には自ら買い出しに出かけ、そこで見つける素材でメニューを決めるそう。今後、レギュラー化するメニューも生まれるのでしょうか?

「2種類だったらなるべく違う生き物がいいんだろうなと思って、肉と魚。結局できていないけど、本当は開店から半年を目処に、カレーを3種類にしたかったんですよね。基本的には仕入れ次第ですが、魚は鮮魚だけじゃなくて、塩サバやホッケをスモークしてみたり、小エビや豆と合わせてみたりもします。ご飯の上の野菜や魚はやっぱり季節感を出していきたいんですけど、それよりも、珍しいものを使ってみるとか、そういうことにお客さんの期待値があるように思います。定点観測の方も多いんですよ。『今どんな感じになってるの?』って。『大丈夫か?』とか『頑張れよ』みたいに見てくれている人が多いですね。

最近は『振り向くときに迷いがなくなったね』って言われました(笑)。 翌日、別の常連さんにその話をしたら、『僕も動きにキレが出てきたと思ってました』なんて言われて。何故、誰も俺のカレーの話をしないんですかね…。『最近なにか面白いことありました?』って、それカレー屋に聞く話じゃないです(笑)」

たとえ味の好みが合わなかった人にも「食べて損した」とは思わせたくない

入口からカウンター席までは長めのアプローチが設けられていて、そこには数々のフライヤーが。場所柄か、美術展の案内など文化的な香りがプンプン

原理主義とは真逆といっていいほど、自身のカレーにおける“ルーツのなさ”を楽しんでいる様子ですが、そんな滝沢さんとの会話も、ホンカトリーに足を運ばせるひとつの魅力でしょう。ビアバーという、カレー屋よりもお客さんとの濃密なコミュニケーションを求められる場に長年携わってきたからこそ築き上げられた、飲食業に対する滝沢さんなりの価値観とは。

「美味しい、美味しくないっていうのは、作る側の提案と、お客さんの味覚や好みとの相性なので、すり合わせの結果、うまく落とし所が見つからない部分っていっぱいあると思うんですよね。説明ができるものじゃないし、それはもうしょうがないな、と思っていて。

ただ、お金を払った分に対する満足という点においては、美味しい、美味しくないの他に、ていねいに作ってくれたとか、こういう姿勢でお店をやっている人だとか、そういうことで応えられる部分があると思うんですよね。味の好き嫌いよりも、もうちょっと共通する基準があると思うんです。だから、そこはちゃんと守ろうって。味の好みが合わないんだったら仕方ないんですけど、できるかぎりのことをやっているっていうのはわかって欲しいな、と。せっかくひとりでやっているんで、店の隅々まで気持ちと目が届いているっていうのだけは、守っていきたいですね」

オープンから1年弱。「本当はもう少しどこかの国のカレーに寄っていくと思っていた」と言う滝沢さんのカレーは、思惑に反してまだまだ独自の進化を遂げている途中です。これから登るべき“山”が見つかるかもしれない、と今後の展望も話してくれましたが、自由な発想で作られる現在進行形のカレーは、まさに今しか食べられないもの。今後どのような方向に向かっていくのかも含めて、定点観測すべき店であることはまちがいないでしょう。

Photo:Takuya Murata
Text:Osamu Hashimoto
Edit:Yugo Shiokawa

今回訪れた店

ホンカトリー
東京都文京区湯島2-7-9
TEL:非公開
営業:月~金 11:00~19:00 / 土 11:00~18:00 ※売切れ次第終了
定休:日曜日、祝日

筆者プロフィール

橋本修(はしもと おさむ)
スパイスディーラーとしてストリートで名を馳せ、2017年からはカレーに特化した食ライターとしての活動を開始。音楽ライターとしての顔も持ち、グルーヴィーに日々カレー屋をハシゴしている。(イラスト:@animamundi_)



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