ハンバーガーメニューボタン
FORZA STYLE - 粋なダンナのLuxuaryWebMagazine
LIFESTYLE 高橋龍太郎の一匹狼宣言

Vol.13 「マンガしか必要としない国が不幸なのだ」by 高橋龍太郎

無料会員をしていただくと、
記事をクリップできます

新規会員登録

一方美へのこだわりに対し、食へのこだわりはあまり感じられない。ガイドブックを頼りに、新感覚のロシア料理店に、2ヶ所程行ってみたが、物足りない。味わいとでもいうべき基本的なコクがないのだ。ソ連時代には「ガストロノム」(美食家もしくは食料品店)という名であったエリセーエフスキーという高級食料品店で、魚類の燻製とクリミア産の安いスパークリングを購入して食べた方が、美味しいくらい。

それがためか、モスクワでは丸亀製麺が大ブームで、6ケ所の店があるらしい。魚喰いのロシア人には、魚でとった出汁の味が分かるのだろう。

モスクワは小さな日本ブームだった。流行のおしゃれなレストランに置いてあるフリーペーパーのタイトルは「GINZA NEWS」。

若者のたまり場のアジアンパブの名前は「GUTAI」目抜き通りの地下通路にはDyDoの自動販売機が4台もならんでいた。しかも中身は、全部日本語で書かれたコーヒーや日本茶、日本の人気飲料ばかり。

反日教育をすることでアイデンティティを保っていて、いつまでも反日感情の強い中国より、北方4島の問題さえ、ほどほどのところで折り合えばロシアとの協力関係のほうが未来を感じさせる(街で見る車、多い順5に日本のトヨタとマツダが入っている。ガイドもマツダのSUVに乗って性能を絶賛していた)。

シルバーウィークから帰って、10月8日「岡山芸術交流2016」の前夜祭に出かける。と言っても診察の後のことなので、殆どの催しに間に合わず。メイン会場の閉場を少し遅らせてもらっていくつかの作品を観た。

強い印象を残したのがアントン・ヴィドクルのビデオ『共産主義革命は太陽が原因だった』2015。チジェフスキーの「太陽生物学」を基に、自律訓練法からロシア革命の歴史までなぞった壮大なビデオだったが、その壮大さは、作家の描く世界もさることながら、チジェフスキーの理論そのものによるところが大きい。

彼は動物の血液や原形物質等のコロイドの電気変化が、太陽活動の変化と平行関係にあると主張する。ついには人類も動物である以上、戦争や革命などの人間の活動や大衆の興奮具合も太陽の活動の周期に従っていると考えたのだ。

太陽活動はその黒点の数を観察すれば分かる。因みにロシア革命の1917年は太陽活動のもっとも盛んな年だった。革命の旗、赤旗は太陽の旗だったのだ。
神と革命の狭間に苦悩したドストエフスキーも太陽を愛すると言う意味では典型的なロシア人だ。

「たとえ太陽が目に入らなくとも、太陽の存在することを知っている。太陽が存在することを知っている、それが生きているということなんだ」(『カラマーゾフの兄弟』)

ロシア人にとって太陽は永遠に未来の神なのだろう。

今は黒点の数は最小期である。本来なら、11年周期でこの先、黒点の数が増え続け、人類の活動も活発化するはずだが、どうも様子がおかしい。もしかするとあと10年位このまま、太陽の活動は低下したまま過ぎるのではというの説まである。

過熱しすぎた地上の大気を冷やすにはこのプチ寒冷期は望外の吉兆なのだが果たしてそんなにうまくいくかどうか。太陽活動と景気の循環も相関するという説も有力だ。このまま景気が冷えたままでは、東京オリンピックのことも心配になる。

ロシアを巡る旅はコレクターを巡る旅でもあった。日本でも若手の代表的なコレクターである石川康晴氏による「岡山芸術交流2016」が開かれた。リアム・ギリックを芸術監督に迎え、ロバート・バリー、ライアン・ガンダー、ピエール・ユイグ、サイモン・フジワラ、島袋道浩等によるスケールの大きいアートフェスに仕上がっていた。ハイブロウな作品を中心に据えたアートフェスは日本では画期的だ。成功を祈るばかりである。


イギリス人アーティスト、ライアン・ガンダー氏の作品▲拡大画像表示

以前私は、コレクションとは、創作をする才能が無い人がその世界を追いかける、せつない行為だと考えていた。作家は一流の人、コレクターは二流の人と考えていたのだった。

しかし今、コレクターは大きい役割を果たしているように感じている。トレチャコフ兄弟、セルゲイ・シチューキン、イワン・モロゾフというロシアのコレクターがいたおかげで、私はモスクワの旅行を楽しめた。日本に大原孫三郎、松方幸次郎がいたために日本に西洋美術は定着した。

アートの黎明期、コレクターの存在こそがその国の美の体系を作ったのだ。

そして現在、私を含めたコレクターの役割はどこにあるのだろうか。

NEXT>>>アニメのない国は不幸か。アニメを必要とする国は不幸か

ブレヒトの有名な戯曲『ガリレオの生涯』ではこんな科白がある。
 「英雄のいない国は不幸だ!」
 「違う。英雄を必要とする国が不幸なのだ」

何もコレクターを英雄呼ばわりするつもりはさらさらないのだが、言葉を置き換えてみたらどうだろうか。
 「コレクターのいない国は不幸だ」
 「違う。コレクターを必要とする国が不幸なのだ」

今の日本はどちらなのだろうか。最新のブルータスでは石川氏をはじめ日本の若いコレクター特集が組まれている。しかし残念なことに多くのコレクターの目は海外の作家に向いている様子だ。だとすると今の日本のアートシーンは、美術館の購入予算が少な過ぎるが故に、まだまだ日本の現代アートを愛するコレクターを必要とする不幸な国と言わざるを得ないようだ。

今やアジアのアートシーンで、10年前は先頭切って走っていたつもりだった日本は、韓国に抜かれ、中国に抜かれ、香港に抜かれ、シンガポールに抜かれ、もうすぐインドネシアに抜かれるだろう。

まだ先頭切って走っているつもりなのは、政府と文化庁と、まあ一部の業界関係者達だけだろう。そんなことはこの国を一歩でも出れば誰でも分ることだ。周回遅れのトップランナーなのだ。加えて文化庁は京都に移転という。起死回生の機会として、オリンピックの期間中に国立新美術館の2ブースぐらいを使って、日本現代アート展を企画してほしいと関係者にあたっているが、反応は芳しくない。

オリンピックの期間中の国立新美術館の企画はマンガ、アニメ展の凱旋展(4年かかって世界を巡っている)になるらしい。

世界中から人が集まるオリンピックの期間中の看板企画がこれ?
昨年6月に新美で行われた「ニッポンのマンガアニメゲーム」展は網羅的で内容も薄く本当につまらなかった。その凱旋って何??

せめて1ブース、マンガ。もう1ブースを使って、日本の現代アートを紹介すれば、マンガ、アニメと現代アートの文脈がつながって、面白い企画になるのでは。

今は太陽衰退期の時代だ。ということは、月を愛でる国家、日本にとってはまたとないチャンスではないか。オリンピックに合わせて現代アートとマンガ・アニメのハイブリットを世界にアピールしたらどうだろう。マンガだけの国と思われないために。
 「マンガのない国は不幸だ」
 「違う。マンガしか必要としない国が不幸なのだ」

(私事になりますが、10月20日講談社より拙著『現代美術コレクター』が出版されました。御一読下さい。)

 

書き手:高橋 龍太郎

精神科医、医療法人社団こころの会理事長。 1946年生まれ。東邦大学医学部卒、慶応大学精神神経科入局。国際協力事業団の医療専門家としてのペルー派遣、都立荏原病院勤務などを経て、1990年東京蒲田に、タカハシクリニックを開設。 専攻は社会精神医学。デイ・ケア、訪問看護を中心に地域精神医療に取り組むとともに、15年以上ニッポン放送のテレフォン人生相談の回答者をつとめるなど、心理相談、ビジネスマンのメンタルヘルス・ケアにも力を入れている。現代美術のコレクターでもあり、所蔵作品は2000点以上にもおよぶ。

 



RANKING

1
2
3
4
5
1
2
3
4
5