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【連載】一匹狼宣言Vol.13 「マンガしか必要としない国が不幸なのだ」by 高橋龍太郎

2016.10.26
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2016.10.26

コレクターはその国の美の体系をつくる

9月のシルバーウィーク、遅い夏休みを取ってモスクワに出かけた。本当のところは、モスクワで10年程前に行われた日本現代アート展に6、7点貸し出した経緯もあり、その縁をたどってロシアの若い世代と現代アートについて語り合いたかったのだが叶わず。単なるプライベート旅行に終わったのが残念と言えば残念だが、短いながら面白い体験をさせてもらった。

短いモスクワ滞在となれば美術館巡りしかないだろう。

先ずはロシア美術を集めたトレチャコフ美術館。美術館を作り上げたのはモスクワの豪商パーヴェル・トレチャコフ( 1832-1898 )。弟のセルゲイとともにロシア美術黄金時代の作品をコレクションした。美術ギャラリーとして出発した当初のコレクションは1800点ほど、幸い革命後も拡充は続き、今ではイコン画から、現代美術に至るまで10万点を超える美術の殿堂になっている。

数ある作品のなかで、移動派の創始者のひとり、I.N.クラムスコイの『見知らぬ女』は、日本に来ており有名だが、なんといっても本館ではロシア象徴主義を代表するミハイル・ヴルーベリが圧巻。幅14メートルもある『幻の王女』は凄い迫力だが、『座るデーモン』のただならぬ気配、何よりも『白鳥の王女』の持つ聖性と魔性をあわせ持つ、人間と神と悪魔が混然とした世界には、震えるような戦慄を覚えた。さすがにドストエフスキーを生み出した国であると書くと、いかにも定型的なとのそしりを免れないが。ロシアの精神には、人間の存在そのものへの深い洞察があると感じるのは、私だけではない筈だ。

ミハイル・ヴルーベリ「白鳥の王女」
▲拡大画像表示

「神と悪魔が戦っている。そしてその戦場は人間の心なのだ」(『カラマーゾフの兄弟』)

王女の見張られた眼差しにはその相克が何よりも表現されている。

本館とは離れた場所に別館はある。ここではロシア・アヴァンギャルドから社会主義リアリズムを経て現代美術へと連なる20世紀のロシア美術が一望できる。

とりわけここでは、カジミール・マレーヴィチ(1879~1935年)の『黒い正方形』(1915)に注目せざるを得ない。ロシアには4枚の『黒の正方形』があると言われているがここにあるものが知れ渡っている。対象を描くというリアリズム、「もの」へのリアリズムを放棄しているこの絵画は、「もの」を抽象している抽象画さえ超えている。シュプレマティズム(至高主義)とは、絵画そのもの、もっと言えば「無対象」の色彩そのもののリアリズムだと言えよう。

そこにあるのは感覚以外すべてを捨象した「芸術の砂漠」である。彼はその後『赤の正方形』『白の正方形』を描いてしばらく絵画から離れる。

「芸術は感覚以外になにひとつ認められない「砂漠」に逢着する。」(『無対象の世界』)

しかし忘れてならないのは、この絵がペトログラードの「0.10展」で発表されたときに、設置された場所である。その場所は、家々でイコンが飾られている「聖なる隅、東の隅」にあたる場所だった。それは「黒の正方形」こそ、時代のイコンであるというマレーヴィッチの強烈な自負とも思えるし、感覚を決定付けるすべての象徴としてイコンはある、とする信仰告白のようにもとれる。イコンのような「神としての絵画」なのかあるいは芸術の「革命としての絵画」なのか、黒い絵画はそこにあるだけで聖なる響きを醸し出しているように思われた。そしてあの『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック)のモノリスのように、その後の絵画の進化を見続けることになる。

勿論、トレチャコフ美術館別館でも、それは、イコンの置かれるべき「二枚の壁が合わさる隅の天井真近」にあったわけではなく、広い美術館の一室のほぼ真中に飾られていた。

聖なる空間から外された「黒い正方形」だが、経年変化と思われるクラックは気になった。

全体的としての印象はクラックの白が視覚をとらえて、黒い正方形が灰色めいた黒の正方形になっている。X線調査で明らかになった下層には、多彩な絵の具が塗り込められていたことが分かっているが、このクラックの大きさは、わざわざレイヤーを明らかにするためとしたら興味深いが、どうみても進行した経年変化にしか思われない。早めに補修をかけた方がいいのではという心配と、いやむしろマレーヴィッチはいずれ、剥落するときに備えて、そのままにしておくよう伝えているのかもしれない。しかし歴史的な存在である「黒の正方形」を今日の技術で補修するというのは、又、絵画史的にどんな意味になるのだろうか。「シュプレマティズム」(至高主義)を唱えたマレーヴィッチの最高作だけに気になるところだ。

プーシキン記念美術館も個人コレクションをもとに成立した美術館である。セルゲイ・シチューキン(1854-1936)とイワン・モロゾフ(1871-1921)の二人は、パリで印象派を中心に多くを購入、ロシアに持ち帰る。特にシチューキンは、評価の定まってなかったマティスやピカソを援助したことでも知られる。

ここではマティス、ルノアール、ピカソ、シャガールの代表作が、個人の豪邸跡に見事に展示されており、時の経つのを忘れるのがこのことかと思えるほど、贅沢な時間を味わえる。大美術館のような圧倒的空間ではなくて、こじんまりした落ち着いた空間で、ヨーロッパ絵画を味わえるのは至福の時である。人もまばらで好きな絵に何時間でも向き合っていられる。

東京やパリでは強迫的な時間と人並みに圧迫されてゆっくり観ることができなかったルノアールの代表作を2つながら観ることができた。ひとつは2013年日本にやってきた「ジャンヌ・サマリーの肖像」。ルノアールの最高の肖像画と言われるだけあって、その愛らしさは比べるものが無い。しかし何より感動したのがその近くに並べられていた「ヌード1876」。

青みが勝った乳白色の肌、豊満な肉体と対比が際立つ清楚な表情。私は殆ど恋をしてしまったと言っていいだろう。30分ほどそこに佇んでいた。印象派の作品の素晴らしさに人生で初めて気付いた気がした。静かな環境でルノアールに向き合う幸運。この瞬間のためだけでもロシアに来たかいがあった。いや、アートを愛することの最高の祝福を得られたように思った。

その後訪れたトレチャコフ美術館の新館やモスクワ近代美術館に見る、ロシアの現代アートはいずれも物足りなかった。ロシア美術の隆盛期の作品にひれ伏しているようだったといったら言い過ぎか。

日本に帰ってから森美術館の南條館長と食事をしたら、「モスクワはプライベートな美術空間が結構あり、そこに現代美術はあるんじゃないの、アブラモビッチのガレージミュージアムが有名だよ」とのこと。

早く言ってよ!こういうのを後の祭りというのだろう。

ロシア人の美への執着は尋常ではない。赤の広場に立つ聖ワシリイ大聖堂はその象徴だが、対モンゴル戦勝を記念してポストニク・ヤーコブレフにイワン雷帝が設計させた。

あまりの素晴らしさに驚いたイワン雷帝が2度とこのように美しい建物が建設されないよう、その目をくりぬいたという伝説は有名である。(ヤーコブレフはこの後、作った建物もあるとのことで、あくまで伝説らしいが)

しかしモスクワにはもっと美しいものがある。ノヴォデヴィッチ修道院のスモレンスキー聖堂がそれである。イコンとフレスコ画に囲まれた聖堂の内部は、保存状態もよく500年を経たという古さを感じない。

幸い、開館ちょうどに出かけたら、誰一人おらず黄金色に溢れた空間で自由に瞑想することができた。聖なる空間というのはこういうことを言うのだろう。

今は、電灯によってシャンデリアがともっているが、それまでは蜜蝋による蝋燭が使われていた。千本にも及ぶ蜜蝋の甘い香りが漂う祈りの空間は、この世のものとも思われないような雰囲気だったことだろう。むしろ官能的な恍惚感に近いのかもしれない。

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