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LIFESTYLE 女たちの事件簿

慶應とはすべてが違うのに…怒鳴った回数を記録していた親が「あいつを辞めさせろ!」エンジョイベースボールの陰で泣く「昭和監督」がどうしても言いたいこと。

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今、高校における部活動が、変わるべき時を迎えている。

教員が部活動の指導に当たることで、教員の過労を招いているという認識が進み、やったこともない競技の顧問として教員が生徒を指導するという制度のいびつさにも、注目が集まっている。

ただ、今回取り上げるのは、「部活動の指導を辛く苦しいものだ。教員の本分ではない。」と思っている教員の話ではない。

むしろ、小学校から野球を続けてきて、高校野球の監督や高校野球部の顧問になることを夢見て教員になった人たちの話だ。

もちろん、野球だけではない。そういう教員は、サッカー部にもいるしバレーボール部にもいるし、バスケットボール部にもいる。彼らは希望して自分が経験していきた競技の顧問となり、生徒たちの指導を行うことに、喜びを見いだしている。

そして、指導のゴールとなるのは、試合の勝利と大会での優勝。もちろん、部員たちもそれを望んでいる。優勝を目指して必死で指導する顧問と、必死でそれについて行く部員たち。

かつてはそれが、美しいことのように思われていた。

でも、果たしてそうだろうか?

「熱心に指導してくださる顧問の先生のために勝ちます!」

そう断言する高校球児たちはみんな、そろって坊主だった。

大声で怒鳴られても

「はい!」とさわやかに返事をして、きつい練習にも汗水垂らして耐える。

「よく考えれば確かに、ただ理不尽なだけで、なぜ耐えていたかと問われれば、それが当たり前だったからとしか言い様はありません。あの頃に培った忍耐力は、今私自身を支えてくれているので、あの頃私を指導してくれた先生方に恨みの気持ちなんかは全くありませんが、あんな風でなければいけない理由はどこにもないと思います。」

そう話す礼二さん(仮名)48歳は、関東圏にある田舎の分校で、社会を教えながら、野球部の顧問をしている。

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@Getty Images

彼のいる学校は過疎化のあおりを受けて、子どもの数がすくない。野球部も部員は3人。

「試合ができないので、投球フォームを確認し合ったりしながらのんびりキャッチボールなんかをしています。一緒にいろんな国の野球の試合を見て、意見を述べ合ったり」

そんな礼二さんは、昨年まで強豪校と言われる野球部の監督で、今では考えられないような厳しい指導をしていたそうだ。

「まあ、時代遅れですよね。でも、今年の甲子園までは、自分の指導に1ミリも疑問を抱いていませんでした。」

礼二さんはそうぽつりと言って、苦笑いして見せた。

今年の甲子園が、高校野球の指導者たちに与えた影響は大きい。

逆に言えば、なぜこんなに多様性が叫ばれる世の中で、今まで、高校球児たちが全員坊主であることに、疑問を抱いた人があまりいなかったのだろうか。

「毛を伸ばしてチャラチャラするような奴のいるチームは勝てない。」

そんな何の根拠もない言葉を多くの監督や顧問たちが口にして、部員たちもその親たちも、そのことに一度も反論せずに来たのだ。でも、世論は一気に変わった。

2023年、107年ぶりの甲子園優勝を果たした慶応高校の球児たちはみんな、思い思いの髪型で、「エンジョイベースボール」を掲げていた。

「なんだ、髪の毛を伸ばしていても優勝できるんじゃないか。」

と多くの高校生やその保護者が思ったのかどうかは定かではないが、各地の高校で、

「古い考えの指導者を別の人に変えてくれ!」

という保護者の電話が学校に殺到し、部員たちは部活動をボイコットするようになったというのだ。

「嘘みたいな話ですが、本当です。私が以前いた学校では、私の後任にあたった教員が、ひどく糾弾されています。気の毒なことです。彼は、彼の指導者たちがそうだったように、生徒の耐える力を鍛えていた。でも、『耐える力』を身につけることを、誰も望んでいない。われわれはもっと早く、そこに気づくべきでしたね。」

礼二さんの声は暗い。礼二さんはたまたま渦中にいなかったが、渦中で苦しんでいる教員もいる。

「私をやめさせろという保護者からの電話が学校に何本もかかってきています。

校長は、私が全ての時間を部活指導に費やして、部活指導に必死だったことを理解してくれていたので、そんな保護者の方をなだめてくださっていたのですが、それに業を煮やした一部の保護者が、教育委員会に訴えに行きました。」

そう言って肩を落とすのは、裕一郎さん(仮名)44歳だ。体育科の教員であり、生徒指導部長、そして野球部顧問の彼は、今までの自分の全てに「NO」を突きつけられていると感じている。

「学校の授業時間以外は、朝から晩までグラウンドにいて、部活の指導をしてきました。休みなんて1日まるまる取ったことは今まで一度もありません。教員になってからずっと。まあ、先日『休め』って言われて休みましたけど」

裕一郎さんは、辛そうだ。

「多分、私は、来年度は転勤ですね。転勤で済むのかなあ。私が生徒を怒鳴りつけた回数を数えていた保護者や、私の組んだ練習メニューのせいで部員たちの成績が下がったという保護者もいます。夏の高校野球大会が終わるまでは、私の指導に何の文句も言っていなかった保護者達が、突然、『あなたのやり方は間違っている!』『あなたの思うとおりに生徒を動かして満足なのか?』などと言いだしたので、面食らいました。」

裕一郎さんの声は暗い。

夏の高校野球大会が終わった後すぐの練習時に裕一郎さんは、一人の部員から、

「慶応高校についてどう思うか?」

というようなことを問われたそうだ。

「私は、正直に申しまして、慶応高校は施設にも部員にもかなり恵まれた私立の高校なので、ああいう野球ができたのだと思っています。部員が自分たちで考えてメニューを組むなんていうのも、一人一人の部員がある程度賢くて、自分を律することのできる人物でないと成立しないし成功しない。だから、『あれができるのは、特別な高校だけだ』みたいな返事をしたと思うんですけど…。」

その裕一郎さんの答えが、曲解されて、他の部員や親に伝わったようで、後日、緊急で集まった保護者達の前に、裕一郎さんは呼び出された。

「あなたは、自分の指導方法が古いということにまだ気づいていないのですか?」

裕一郎さんにそんな第一声を浴びせたのは、野球部保護者会の会長をしている男性だったそうだ。言葉の真意が理解できずに、黙ってしまった裕一郎さんに、矢継ぎ早に非難の声がぶつけられた。

「今年の夏の大会で勝てなかったのは、私の指導方法が古いからだというのが主な彼らの意見のようでした。

辛い思いをして、他のことはなにもできなくなるくらい野球ばかりして成果が出ないのは、指導者であり顧問である私のせいだとヒステリックに怒鳴るお母さんもいました。」

保護者の怒りはさらにエスカレートしていくが、裕一郎さんをどん底に叩き込んだのは部員たちの変化だった。後編へ続く。

取材/文 八幡那由他

▶︎後編に続く


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