探偵業者には、さまざまな依頼が日々舞い込んでくる。「事実は小説よりも奇なり」という言葉が、大袈裟でも何でもないことに気付かされる日々だ。そんな依頼が、ここ最近特に増えているような気がする。
「日本って大丈夫？」ふとそんな気分になることも多い。
その案件の依頼者は、30代前半、個人で司法書士事務所を経営する、背が高く身なりの良い男性であったが、見栄えの良さになかなか気が付けないほどに、彼はくたびれた様子だった。
依頼者の悩みの種は、中国人の妻だという。依頼者は、当時、妻が働いていた中国人パブで知り合い、年が近く、お互いにバツイチであるという共通点もあって、半年ほど付き合った後、妻の妊娠を機に結婚した。
妻は妊娠を機にパブ務めは辞めていたが、娘が2歳になる年、急に「マッサージ店を開きたい」
そう依頼者に申し出たという。
「そんな資金ないし、子供の面倒はどうするつもりなんだ？」
「子育てはちゃんとするし、それにパトロンがいるから大丈夫」
――妻にパトロンがいる！？――
依頼者にとっては、その事実は寝耳に水であり、自分の妻である女に「パトロン」がいるということがどういう意味なのか、全く訳がわからず、必死で妻を問い詰めたが、妻は何食わぬ顔で
「お店の資金出すって言ってくれている人だけど」
と言う。てんでお話にならないのだ。
その後も依頼者は妻を問い詰め続けたが、妻は、そのパトロンについて、同じ中国人の男性で、食材店を幾つか経営しており、10年以上前から色々と面倒を見てくれていた人物であるということ以外は話そうとせず、それどころか、なかなか首を縦に振らない依頼者に対して、妻はとうとう、「反対するなら離婚する」とまで言い出した。
「自分が片親で育ち、幼い頃辛かったので、できれば離婚して、娘を同じ目に遭わせるようなことはしたくないんです。ただ、このまま今の生活が続くことにも耐えられません。まずは、とにかく、妻が毎日、どこで何をしているのかを知りたいです」依頼者の要望に応えるために、我々は、自宅から妻が出かけるのを待ち構えて、尾行調査することにした。
尾行調査の日、娘を保育園に預けた後、依頼者が向かった場所は、JR蒲田駅から徒歩2分ほどの雑居ビルだった。
雑居ビルの1階には、中華系の食材を中心に販売している店が入居している。
妻が店舗前で誰かに電話をかけ、その数分後に50代後半の中国人男性が雑居ビル内から現れ、依頼者の妻と落ち合うと、2人は連れ立って歩きだし、そこからすぐ近くにあるマンションの一室へと入って行った。
それから4時間半が経つ頃、中国人男性が、依頼者の妻の腰を抱えるようにしてマンションから出て来た。2人は歩いて京急蒲田駅方面へ向かい、途中の中華料理店で遅い昼食を摂った。その後、2人は店を出て、再び、京急蒲田駅方面へと歩き、1本路地を入った通り沿いにある古い雑居ビルの前で立ち止った。
依頼者の妻だけが、そのまま古い雑居ビルに入り、4階にある「癒しサロン 桃林」（仮称）と扉に表記された一室へと入って行った。その部屋の前には、営業時間や料金体系に関する情報がわかるようなものが一切なく、調べたところ、インターネット上にも情報が無かった。
調査員が張り込みを続けていると、一時間後、依頼者の妻は、再び雑居ビルを出て、京急蒲田駅方面へ向かった。そして、駅前の交差点手前で、スーツ姿の60代と思われる日本人男性と落ち合い、再び、元の雑居ビルへと向かい、その男性を「癒しサロン 桃林」へと案内した。
男性が店内に入ると、中国語なまりで「いらっしゃいませ」という女性の声が中から聞こえた。依頼者の妻は、男性を店内の女性へと渡すと、そのままビルを出た。ビルのある路地を出て、駅まで続く大通り沿いの角までくると、依頼者の妻は立ち止り、あたりを見回すような仕草した。
数分後、2人連れの20代男性を見つけると、依頼者の妻は男性らを呼び止めた。気づかれないように近づいた調査員が、依頼者の妻が男性らに、次のようなことを説明しているのを耳にした。
「マッサージだけは60分で3,000円、もっと特別気持ちいいことしたい場合は、プラス5,000円よ。どう？お兄さんたち、可愛い子にしてもらえる…。」
男性らはしばらく顔を見合わせて、「どうする？」「やばいでしょ？」などと、言い合った後、依頼者の妻に
「やっぱ、ごめん。」
と言い、その場を立ち去った。
今思えば、依頼者は最初から我々が持ち帰る「結論」を推量していたような節があった。彼の本当の目的は「娘の親権」を取ることだと気づいたのは、調査が終盤に差し掛かってからだった。後編へ続く。
探偵；こころたまき
