
どこの家庭にも、最低ひとつは当たり前にある「爪切り」。「たかが爪切り」と思いがちだが、爪のトラブルほど気にかかり、一刻も早く処置したくなるものはない。家に、職場に、バッグの中に爪切りを常備しているという人もいるだろう。今回は、“刃物”メーカーとして日本はもちろん、世界にシェアを拡大している貝印の爪切りにフォーカス。その極意を深掘りしてみた。
国内シェアは60%超えの圧倒的No.1
日本を代表する刃物メーカー「貝印」。創業は1908年、今年で創業111周年を誇る老舗メーカーだ。実は日本の爪切り市場の約60%を貝印が占めており、現在販売している爪切りは、色やパッケージ違いも含め全399種(2019年5月現在)。大手3社のコンビニに卸しているプライベートブランド(以下、PB)の爪切りも貝印が製造しており、貝印のナショナルブランド(以下、NB)・PBを含めた爪切り全体の出荷数は、年間約810万個(2018年4月〜2019年3月の間)で国内No.1。インバウンドの最盛期には出荷数が900万個を超えていたというから驚く。
ルーツは岐阜県関市。「良質の土や松炭、山々から流れ出る美しい水に恵まれ、腕の良い刀鍛冶師が集まる刃物の町として繁栄していました」と語るのは広報を担当する藤野倫さん。

「ですが、1876年に武士の特権である帯刀が禁じられ(帯刀禁止令)、生き残りをかけた刀鍛冶師たちは、刀をつくるノウハウを生活用品の刃物製造へと変換していったんです。創業者である初代・遠藤斉治朗はそんな時代の流れを読み、ポケットナイフを作り始めました」(藤野さん)
その後、カミソリの製造に着手。
「カミソリへの想いは強く、使い捨てカミソリ(1951年〜)を皮切りに、T字型カミソリ(1962年〜)など後に革新的なカミソリを生み出しました。最近では1998年に誕生した3枚刃のカミソリが爆発的なヒットを記録しています」(藤野さん)

同時に、他の刃物商品の参入も積極的におこなう。「2代目・遠藤斉治朗がカミソリ以外の刃物製造に本格参入したのは1959年。爪切りの仕入れ先を吸収合併する形で自社生産をスタートしました」。そこから改良を重ね、1989年に『スタンダードツメキリ』が誕生する。カーボン材にクロームメッキを塗装した、現在の爪切りの原型である。

貝印がこだわる「良い爪切り」の条件は?
外国人観光客がドラッグストアで爪切りを箱買いしているのはご存じだろうか? 日本でのお土産リストに、必ずといっていいほど入っているのが爪切りで、店頭では常に品薄状態。ここまで日本製の爪切りが人気な理由とは?
「やはり“切れ味”の良さでしょうか。私たちは“誰でも簡単に切れること”を爪切りの使命と課しているので、海外の方にも評価していただけるのは素直に嬉しいです」と、マーケティング本部担当の松原 優さんは語る。

だが、この切れ味の良さを叶えると言うのは正直、容易なことではない。「コンマ1ミリの狂いが爪切りの良し悪しを左右する世界なんです。ですが、僕たちは誰もが『いいね』と感じていただけるような、それが当たり前と感じていただけるような究極の使い心地の良さを追求しています」(松原さん)
確かに、爪切りの良し悪しを左右するのは「切れ味の良さ」に他ならない。コンビニで売られている爪切りでも、1万円ほどするというプレミアム爪切りでも目的はひとつ、「パチンッ」と心地よく切れることだ。
「貝印がお客様に約束しているのは『高い切れ味』と『長く使える』の2つのこと。20年、30年前に購入し、今も現役で使われているというのが貝印の爪切りなんです。それは刃物メーカーとしてのプライドでもあるのです」(松原さん)
切れ味は「刃」と「テコ」、そして「かぶり」の職人技で決まる
さて、この爪切りだが、実は上下の刃がほんの少しだけずれていることをご存じだろうか? 試しに手持ちの爪切りの先端部分を、刃を閉じた状態で触ってみてほしい。そのずれを指先で感じるはずだ。
貝印のプロダクトデザインを担当する、マーケティング本部 クリエイティブユニット次長の大塚 淳さんが説明する。「硬く重い鉄属は切れ味と直結し、重ければ重いほど切れ味がよくなります。その一方で、硬度の高い刃同士が当たると、刃先が摩耗し変形してしまうんです。そこで上刃と下刃の当たる位置をほんの少しだけずらしています。このずれを“かぶり”と言い、熟練した職人でないとできないワザなんです」

この“かぶり”が、コンマ1ミリでも狂うと、とたんに切れ味が悪くなる。つまり “かぶり”の良し悪しが、切れ味を決めているのだ。貝印の工場には30人ほどの熟練の職人がおり、最終工程の “かぶり”の調整を、ひとつひとつ手作業で行っている。微妙な調整を指先の感覚だけでこなしていくという卓越した技。貝印の爪切りは、この職人たちの手から生まれているのだ。
1万円超えの商品も! 爪切りの可能性を高めた新技術とは?
もうひとつ、機能性を追求するうえで忘れてならないのが「使い勝手の良さ」。たとえ、切れ味が良くても、見た目や使い勝手が悪くては、長く愛される商品にはならない。このバランスは非常に難しい。それを打破するきっかけとなったのは、精密機材を作るための技術「MIM(ミム)」だ。
「MIMとはMetal Injection Moldingの略で、金属の粉末を成型し、焼き固める最新の金属加工方法です。3次元形状のデザイン性豊かな金属部品を高精度に作ることができる技術です」(大塚さん)
この技術が爪切りにもたらした変化とは?
「MIMを採用したことにより、デザインの幅が格段に広がって今までにない爪切りを作ることができるようになったんです。例えば、『Kershaw(カーショー) ユニバーサルツメキリ』(2009年〜)。自分だけでなく、他人の爪も切りやすいというのが特長なのですが、今までにないこの形状のおかげで体への負担が少なく、“楽な姿勢で爪を切れる”などと、医療関係からもご好評いただいています。結果として、見た目だけでなく真に“ユニバーサル”な爪切りを作ることができたというのも嬉しいですね」(大塚さん)


これを皮切りに「ただの爪切り」だけでなく、プレミアムな爪切りの製造も手がけるようになった。『Kershaw ツメキリ リーフタイプ』(2009年〜)は折りたたむと厚さ3ミリほどの極薄スティック状となり、2010年にはグッドデザイン賞を受賞した。


最近では巻き爪ケアシリーズ(2016年〜)や、少ない力でも使える『M.N.L. ニューシステムネイルクリッパー』(2013年〜)、2枚爪になりやすい人向けにカーブになった刃型が特徴的な『アーチツメキリ』(2017年〜)など、爪の悩みや生活様式に合わせた課題解決型の爪切りの開発にも注力している。「いざ販売してみると、想像していた以上に需要が高く、ご高齢者のギフトに喜ばれていると聞いています」(松原さん)。



海外事情や文化を考慮して……。世界へ広がるメイド・イン・ジャパン!
国内だけに留まらず、早い段階から海外展開もおこなっている貝印。先年度のグループ全体の爪切りの売り上げ構成をみると、海外では10〜15%のシェアを占めている。自社工場を持っているインドやベトナムをはじめ、韓国や中国法人への爪切りの出荷数量も前年比超えをしていることを踏まえると、今後の展開にも期待がかかる。
「海外のお客さまの暮らしぶりをリサーチしたところ、それぞれに特徴があったのです。例えば、インドでは爪切りを1人1個持つ習慣がありました。そこで、自分の爪切りだとひと目で認識できるよう、持ち手部分の色を変えることを思いつき、豊富なカラーバリエーションを用意しました。発売と同時にヒットし、瞬く間に貝印の認知が高まりましたね」(松原さん)

既に、ありとあらゆる爪切りを世に送り出しているが、貝印の製品開発は留まるところを知らない。最後に“爪切りの未来とは?”と質問してみたところ、う〜ん……としばらく考えた後、「とにかく、既成概念を打ち破る爪切りを作ってみたいですね」と答えた松原さん。その思いが形になり、我々の前に現れる日は、そう遠くないだろう。
“フツー”の爪切りが、世界に誇る逸品へ。あっと驚くストーリーはこれからも続いていく。

お話を伺った方々

貝印の広報を担当して2年。マイ爪切りは『関孫六 ツメキリtype102』。「小4の娘はカーブがきついので『アーチツメキリ』を2017年3月の発売当初から愛用しています。子供の爪は大人の爪より薄く割れやすいので、とても助かっているんですよ」

爪切りのみならず、貝印の製品デザイン全般を担当。「マイ爪切りは『Kershaw ニッパーツメキリS』。デザイン性が高く、手に持ったときの重さやしっくり感も気に入ってます」

営業を経験した後、マーケティング部へ異動。グルーミング用品の担当になって3年。「マイ爪切りは『関孫六 ツメキリtype102』。しっかり切れるし、両脇にあるやすり部分もしっかりとこだわっているところが良いですね。今、使っているのは3代目かな」

2001年に発売され、ロングラン製品となっている『ニュースタンダードツメキリ』450円〜(税抜)

















【問い合わせ】
貝印お客様相談室 0120−016−410
https://www.kai-group.com
Photo : Riki Kashiwabara
Text : Mayumi Hasegawa
Edit Yukari Tachihara