アニエリこそ、"ライフスタイル・マーケティングの先駆者"
"世界には想像の遥か上を行く、お洒落な偉人たちがいた"。彼らのスタイルや生き方を学ぶことこそ、スマフォー(スマートな40代)への近道と考えた編集部員たちは大先輩である林 信朗氏を訪ね、教えを乞うことに。まずは、編集長・干場も敬愛するジャンニ・アニエリについてたずねます。プレイボーイ、アニエリ編はこちらから。
林:どんなに古くからの大金持ちだとしても王族・貴族階級ではない、ある意味ハンデをしょっていたブルジョア階級のアニエリの場合、フィアットのリーダーとして自分の服装とライフスタイルこそが最大の広告であるとどこかで気づいたんだと思う。だって自分の一挙手一投足が映画スターなみに報道されるんだもの、これを使わないテはないと。
ヤナカ:王族や貴族たちは王冠や豪華な衣装が権威のシンボルですものね。戦後すぐに王政そのものは消滅し、共和制に移行しますが、イタリアならカトリックの法王や枢機卿たちも絢爛たる法服や宗教儀式で信者たちにカトリック教会の絶対性とそれに仕える自分たちの優位を「見える化」させています。アニエリは鋭いマーケティング感覚で、その効果をビジネスに利用したというわけですね。
林:そうそう。"ライフスタイル・マーケティングの先駆者"と言っていいだろう。で、彼がマスコミを通して大衆に見せるライフスタイルには、世界を股にかけたビジネストリップや各国の首脳たちとの親密な関係はもちろんのこと、「遊び」もその重要なパーツなんだ。
ヤナカ:そうなんですかね? 企業のトップが遊び回ってるというのは、ネガティブなイメージではないんですか? 日本だったら、そう思われてしまいますよ。海外でカジノに入り浸ったり、ゴルフ三昧していたら(笑)。「会社を留守にしていいのか」って。
林:ははは、そうだね。でもね、ヤナカ君、考えてみてほしいんだ。イタリアの宗教は何? カトリック教国でしょ?
ヤナカ:あ! なるほどね。はいはい、カトリックにはプロテスタントと違う倫理観がありますものね。「労働は決して尊ばれない」。
林:もちろん働かなきゃ食えないわけだから、働くんだけど、「遊び」を罪悪しはしていない。しかも、終戦直後の荒廃した経済から脱したイタリアは、アニエリが社長に就任した60年代、新たに生まれた中産階級がレジャーつまり「遊び」に飢えていたからね。モナコのカジノで遊び、スイスでスキーを楽しみ、地中海でヨットに興じるアニエリは、まさにイタリア男の理想だったのだ。
ヤナカ:なるほど。
林:だからイタリア男たちはこぞってアニエリのファッションを真似ようとしたし、アニエリが率いるフィアットの自動車への信頼も生まれる。亡くなって10数年経ったいまもイタリアいちの洒落者として絶大な人気というかな、慕われているのは、そういう背景がある。ただのファッション好きのカーカンパニーの社長じゃない。アニエリこそ、戦後のイタリア、新しいイタリアを代表するの「ミスターイタリア」だったんだよ。
次回へと続く。
Text:Shinro Hayashi
Photo:Tatsuya Hamamura
Edit:Ryutaro Yanaka
林 信朗
服飾評論家
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任した後、フリーの服飾評論家に。メンズファッションへの造詣の深さはファッション業界随一。ダンディを地で行く大先輩。