「夫は地元に戻ったとたん、今までだったら付き合わなかったようなタイプの人と遊び回るようになりました。どうやら幼馴染みたいで。ツレと行ってくるわ、みたいなことを言うようになりましたね。誘われてキャバクラに行ったりとか。
前はニュースになってる話題などをよく夫婦で話していたのに、近所の噂話などが好きになって……何だか急に変わってしまった印象でした。私だけが浮いているような感じ」
その土地の暮らしに不安を感じていた麗香は、実家の母にも電話で愚痴をこぼしたが、母はそんな娘のぼやきを突っぱねたのだとか。
「母は電話で、郷に入りては郷に従えよ。とにかく謙虚に、周りの方に可愛がってもらいなさい、なんて言ってましたね。私だってそんな忠告されなくても最初はそのつもりでしたよ。若い人が全然いないので、慣れればみんなから可愛がってもらえるだろうな、なんて単純に考えていたんです」
ところが、結婚前は素朴で優しいおじいさんだと思っていた舅が、近くで暮らし始めたとたん別の顔を持っていることがわかり、麗香は出鼻をくじかれた。
「しかもびっくりしたのが、お義父さんってまだ50代だったんですよ。ほんとにびっくりしちゃって」
舅がまだ50代だということになぜここまで驚くのか。それには納得の理由があった。
「私、お義父さんは70代半ばくらいかななんて思ってたんですよ。真っ黒に日焼けしていてシワやシミも多いし、服装も今どきの50代は絶対しないようなファッションなので、老けて見えるんですよね。
舅の年齢なんて、ふつう確認しなくないですか? ダンナに聞いたら、オレはオヤジが26歳の時の子だから、オヤジはまだ58だっていうんです。58歳って、阿部寛と同い年らしいですよ(笑)もうほんとにびっくりです」
阿部寛と同い年にはとても見えない舅は見た目だけでなく、麗香からすると、彼らの感覚や意識もかなり古く感じたという。
「やたらと大声で笑いまくって、一見愉快なおじさんという感じなんですけど、たぶんコミュニケーションとかユーモアを履き違えてるんです。
人いじりとか下ネタがこの世で一番面白いと思ってるんですよ。昔の人の多くがそうだとは全く思わないけど、子どもの頃の親戚の集まりではあんなおじさん何人かいたな、みたいな」
人の容姿や年齢をいじったり下ネタを披露したり、誰かを貶め恥ずかしい思いをさせていれば笑いが取れると思い込んでいる時点で化石、と麗香は語った。
「ユーモアなんていう高度な技を発信できる頭がないというか……あれ、言い過ぎですか? でも実際にそうなんですよ。よく聞いてると、マジでくだらんことしか言ってなくて……。
特にお酒を飲むとひどくなりますね。『麗ちゃん、ちゃんと達也にやってもらってるのか、やらんと子どもはできんぞ』とか。そんなノリですよ?」
夫の達也は父親のセクハラ発言など意に介さない。ジジイってあんなもんじゃね?の一言で会話を済ませるのだという。
麗香は何度となく達也に舅のセクハラ発言を止めてほしいと頼んだが、麗香が触られたら怒るけど、あれくらいはジジイジョークだと思って許してあげなよ、とかわされてしまうのだそう。
「そのジジイジョークがキモいって言ってるのに、男にはわからないんですかね」
麗香は達也の適当なあしらいを思い出し、腹を立てた。
麗香夫婦の新居は、達也の実家から徒歩2分の場所にあり、姑も舅も昼夜を問わず遠慮なしに訪れるという。そのプライバシーのなさにも辟易としているのだと麗香は言った。
「子どもができたら遊びに連れていったり送り迎えをしたり手伝ってやるから、合鍵をよこせと言ってきました。それは死んでも嫌だと夫には言ってあるんですけど」
同性であるというだけで、姑も味方ではなかった。地域性や舅の感覚に慣れきっているのか、セクハラやジェンダーなどの言葉がテレビで流れると「世知辛い世の中になった」などと嘆いているのだという。
女は愛嬌などという「妄言」を、未だに有難いことわざだと信じて疑わないのだ。
「いちばんヤバいのは、月に1回の寄り合いです。そこでも妻・嫁連合みたいなグループがお給仕なんかをやらされて、おっさんたちの宴会をサポートしないといけないんですよ。
おじさんの中にも手伝ってくれる人はいるんですがごく僅かですし、飲み始めればその人もへべれけになって、結局給仕もお酌も後片付けも全部女がやる感じになります」
初めての寄り合いで、麗香はいきなり町内の妻・嫁グループの面々に混じって酒宴の支度などを手伝ったそうだ。
「公民館といっても、凄く立派な建物です。古民家みたいな感じで、土間になった広い調理場が女の人たちの居場所。台所と食器棚、大きなテーブルやスツールがあり、調理や片付け、女の人たちの集会などをそこでやります。奥は座敷みたいになっていて、おっさんたちの寄り合いはそこ。いかついカラオケセットまであるんですよ」
手伝いに集まった15人ほどの女たちの中では、麗香が群を抜いて若く、彼女の次に若い人は40歳を超えていると紹介された。
そこでは暗黙の了解で、若い嫁ほど長い時間立ち働かなくてはならず、姑世代の女たちは、酒宴が始まるやいなやさっさと公民館を後にするのだという。
「おばさまたちがいなくなると、おっさんたちはやりたい放題です。その日は私の次に若い40過ぎの池内さんというどこかのお嫁さんと私が2人だけ残って、お燗を準備したりお酌したりして回って、へとへとでした。洗い物はどんどん溜まるし……」
しかし、池内さんというどこぞの嫁は、夜8時を回ると子どものお風呂の世話をしなければいけないと言い出し、麗香を残して帰ってしまった。
「舅は日頃は私を麗ちゃんと呼ぶくせに、宴席で気が大きくなってるのか、麗香とかおまえって呼んできました。そこにまずイラっとしましたね。
で、おーい麗香とか呼びまくって、ダレソレさんのグラスが空いてるからビール持ってこいとか、日本酒がこぼれたから布巾持ってこいとか、あごでコキ使うんです」
やがて夜が深まると、舅はさらに調子に乗り始めた。
「おーい麗香って呼ばれて、渋々調理場から畳の部屋に行ったんです。そしたら舅がデレデレ顔で手招きしてました。私、首を左右に振ったんですけど、お舅さんがおいでだと、と周りの男たちが促してきて、仕方がなく舅の隣に行きました。
舅は『お前も少しだけ飲めよ、アレか、まだ赤ん坊いないんだろ?』と言いました。何回それ言うんだよって、頭はたいてやりたかったです」
麗香はわざと不満を顔に出したが、舅は歯牙にもかけずにセクハラを続行したという。
「今日帰って達也に仕込んでもらえよ。それともオレが作ってやろうか?オレの方がうまいぞ。あ、ヨシさんがいいよ!ヨシさん絶倫だから」
舅は毛玉だらけのスウェットを着た大柄な中年男を指さして大笑いし、麗香が逃げ出そうとすると、1杯だけ飲んでいけとしつこく言った。
麗香が「一口だけいただいたら、帰ります」と言い、仕方なく腰を下ろそうとすると、舅はすかさず麗香の尻の下に手のひらを上にした手を差し入れていた。麗香は舅の手の上に座ってしまい、思わずぎゃっと大きな声を上げたのだという。
田舎暮らしの汚点とも言うべき、陰険な風土を一心に浴びて育った舅と舅衆によるセクハラは、酔いを深めるほどにエスカレートしていった。
☆次回では、さらにセクハラ集落の実態を詳報するとともに、この状況を打破すべく麗香さんがとった行動をレポートする。反面教師として読み進めてほしい☆
ライター 中小林亜紀