今回は代々木「Salut(サリュー)」
現地完全再現の本格インドカレーからご当地カレーまで、百花繚乱な日本のカレー事情。そんななかから、いまも進化を続ける日本独自のカレーを「カレーライス」と定義し、個性溢れる「今食べるべきひと皿」とその作り手を、気鋭のカレーライター 橋本修さんが追いかけていきます。
今回橋本さんが訪れたのは、代々木駅と北参道駅の中間ほどに位置する「Salut(サリュー)」。参宮橋の人気カレースタンド「Cumin(キュマン)」の新業態として、今年の7月にオープンしたばかりのニューカマーなのですが、どちらの店舗も店主のコーサカ・トモさんただひとりで切り盛りする、いわゆるワンオペのお店なのです。
カレー好きのあいだではすっかりおなじみの存在となったCuminの営業日を減らしてまで、新店舗・Salutの立ち上げに心血を注ぐコーサカさん。ひとりでふたつのカレー店を運営するという前代未聞の挑戦の先にあるのは、一体どんなお店で、どんなひと皿なのでしょうか。
カレーの“商品としてのポテンシャル”に注目
代々木駅からでも北参道駅からでも徒歩5分ほど。コンクリート打ちっぱなしの外観が印象的な飲食ビルの最上階にSalutはあります。
参宮橋の住宅街にひっそり佇む人気のカレースタンド「Cumin」を営むコーサカさんが、新たな挑戦としてオープンしたのが今回ご紹介する「Salut」。ご近所さんから近隣で働く人々はもちろん、インスタグラマーをも魅了してきたCuminの色彩鮮やかなプレートを引き継ぎつつ、それをさらに発展させる形で、コンパクトながらもゆっくりと料理やスイーツを楽しめるスペースとして誕生したのが、このSalutです。
ふたつのカレー店のあるじとなったコーサカさんですが、「カレー好きが高じて」というよりは、カレーの持つポテンシャルの高さに惹かれたことが、店をはじめる決め手だったそう。
「漠然と飲食店をやりたいとは思っていたので、物件を探したり、原価計算したり、人に『お店やりたい!』って言ったりはしていたんですが、決め手になるきっかけがなかったんです。もともと食べ歩くことは好きだったので、友人から『あそこ美味しいよ』って聞くとすぐ食べに行くんですけど、初台にある『きんもち』に行ったときに、カレーがすごく美味しくて。それにとても混んでいたんですね。外食するとき、癖ですぐに『何人くらい入って何回転で…』って考えちゃうんですけど、それで計算したら『これなら商売になるな』と気づいて。それがカレー屋さんに興味をもった大きな理由ですね」
想定外の地で踏み出したはじめの一歩
コンパクトながら、高い天井とたっぷり注ぐ自然光で開放的な印象のSalut店内。元編集者というコーサカさんの美的感覚が光る素敵な内装で、デートにも最適です
しかし、そんな“気づき”のあとも物件探しは思うように進まず、時間だけが経過。自分のなかでのタイムリミットが迫るなかでコーサカさんが選んだのは、自宅から歩数を数えられるほどの場所にある、超ご近所物件でした。
「なかなかいい物件に出会えないまま、自分の年齢や子供の学校の関係で、やるなら今しかない、っていうタイミングになってしまったんです。いまのCuminの場所はもともと居酒屋で、物件探しをはじめたときからずっと空いていたんですが、あまりにも自宅から近すぎるし、当初思い描いていた食堂みたいな感じでやるには手狭だというのもあって。定食みたいなものも出したかったし、デザートもやりたかったんですね。でも、そんなことを言っていたら本当にずっと見つからないままなので、希望とはけっこう違いましたけど、まずはここからはじめよう、と一念発起しました。今考えると、むしろ最初があの物件でよかったんじゃないかと思います。飲食店をやるのははじめてだし、キャパ的に希望の物件が見つかっていたとしても、やるのはすごく大変だったんじゃないかな、って」
食べ歩きからのインプットを再解釈
定番の野菜チキンカレー(1,200円)に、オプションのちょい盛りキーマ(200円)をプラス。Salutの食事メニューには、全品気まぐれデリサラダが付きます
コーサカさんのカレー遍歴は、幼少期に家族で通った今はなき福岡の名店「サムソン」からはじまり、その後上京して「サムラート」のバターチキンカレーを愛したという、まさにカレーサラブレッドと呼ぶべきもの。さらには、幾度かの海外生活経験でカレールーがない故、スパイスでカレーを作ることを覚えたりと、かなり早い段階でカレー屋としての入口に立っています。しかし、家で作るカレーはお子さんに合わせ、子供向けのカレールーを使うことが多く、実際にインドカレーを意識しはじめたのは、Cuminをオープンする少し前だったそう。CuminやSalutで出しているカレーは、どのように誕生したのでしょうか?
「お店をはじめる前の段階である程度自分のなかではできあがっていたんですが、その一週間くらい前に五反田の『カレーの店 うどん』にはじめて行ったんです。そのときに食べたカレーがすごく美味しくて、そのカレーをイメージしてオープンぎりぎりにできたメニューが、いまSalutとCuminの両方で出している野菜チキンです。それ以外に、以前Cuminで出していた豚とあさりのスープカレーもインスパイア系ですね。私が勝手にそう思ってるだけかもしれないですけど(笑)」
新しいお店だから、新しいことをしたい
こちらはCuminで提供されている“キュマンプレート”。フォトジェニック極まりない半熟卵もさることながら、ジンギスカンからインスパイアを得たという、甘みがありながらも青唐辛子の辛味がしっかりと効いた、唯一無二のラムカレーがとにかく絶品です
この野菜とチキンのカレーの他にも、福岡「ガラム」のキーマカレー(+「アジャンタ」のキーマカレー)に着想を得たというキーマカレーだったり、北海道の友人に教えてもらったベル食品「成吉思汗のたれ」を使ったジンギスカンに感銘を受けて完成したという独創的なラムのカレーだったりと、さまざまなインスパイアをもとに作られるコーサカさんのカレー。それらのカレー2種類と副菜やサラダをワンプレートに盛り合わせ、最後にベストタイミングで半熟たまごが乗せられるのがCuminの看板メニュー“キュマンプレート”なのですが、Salutで提供されるカレーはまた少し違った構成になっています。
「Cuminのカレーはお店をはじめた頃から、わりと盛り付けが変わっているんですね。いまはワンプレートのものが中心になったんですけど、もともとは単品のカレーと付け合せで提供していて、今でも常連さんからは単品でオーダーをいただくことも多いんです。
それをSalutでは、また違った形にしていて。せっかくお店のコンセプトも変わったので、同じものを出したくなかったんです。お米も、Cuminではバスマティライスと日本米を半々でブレンドしてバターとターメリックで炊いているのに対して、Salutではその比率を変えて、ローズマリーと炊き込んだライスで提供しています。じつはSalutでもワンプレートの提供を考えているんですが、それがカレーだけになるのか、いろんな国の料理が混在するようなプレートになるのか、はたまた日替わりでいろんな国の料理を出すようなプレートにするのか、絶賛悩んでいる最中です(笑)」
自分がやりたいと思うことは諦めない
「デートに使えるカレー屋」をテーマに掲げるSalutだけに、スイーツも充実。チョコレート味のスポンジとカスタードプリンの二層で“映え”もバッチリな「サリューのプリン(500円)」は、カラメルを吸ったチョコ生地がこっくりとした味わいでカレーのあとにコーヒーといただくデザートとしても完璧です
Cuminのオープンからまる2年が経過し、住宅街のカレースタンドがすっかり繁盛店となったタイミングで、コーサカさんはSalutをオープンさせました。それも現時点では両店舗をひとりで切り盛りし、Salutが軌道に乗るまでは、Cuminは週1~2日の営業となるそう。なぜCuminが好調であるにも関わらず、その開店日を少なくしてでもSalutをオープンさせたのでしょうか。
「もともとCuminでやりたくてできなかったことが多くて、それを諦めきれなかった部分が大きいですね。たまに“夜キュマン”っていう立ち飲み形式の営業もしていたんですけど、そのときにもやっぱり、冷蔵庫の大きさの関係なんかで提供できる品数も限られるし、常にもうちょっと広いお店を…というのは考えてました。でも、Cuminはカレーに特化したお店として残していきたいと思っているんです」
「欲張り」だから、いろんな人に楽しんでほしい
2店舗をたったひとりで切り盛りするコーサカさん。忙しさを苦にするどころか、まだまだやりたいことは尽きないそう
Cumin開店前に描いていた当初のコンセプトを諦めないばかりか、愛着のわいたCuminを残したままSalutをオープンし、多店舗展開することに。ひとりで2店舗を切り盛りする大変さは想像に難くないですが、それは自身のことを「欲張り」と分析するコーサカさんにとっては、必然だったのかもしれません。
「Cuminは“かわいいココイチ”がテーマなんです。誰でも行ける、気軽な感じではありたいけど、デートや家族連れで使える店。実際、お客さんの男女比率が半々なんですよ。カップルも、女の子どうしも、男子ひとりのお客さんも案外多いんです。それに、お年寄りの方も思った以上に多くて。わたし、欲張りなんです(笑)。いろんな層の方に楽しんでほしいから、子供や辛いものが苦手な人でも食べられるバターチキンやスパゲッティをメニューに盛り込みましたし。そういう『あれもこれもやりたい』っていうアイデアがたまった結果が、Salutなんです。もしカレーが苦手な女の子とデートをすることになったときに、Cuminだとカレー以外の選択肢がないけど、Salutだったらそれも解決できるな、って。本当に欲張りで、まだまだやりたいことは他にもたくさんあります。いまSalutは夕方までの営業ですけど、ゆくゆくは夜の営業をやってお酒も出したいし、ビストロ料理も好きだからステーキフリットも出したいし…」
店内の棚で存在感を放つ2体のぬいぐるみは、サルのサリューとクマのキュマン。うつわ好きのコーサカさんらしく、ルーシー・リーやスティグ・リンドベリの作品集も。
まだまだやりたいことが山積み、といった様子のコーサカさんですが、実際Salutのキッチン設備はオーブンをはじめ、今後を見据えた仕様になっています。Salutが落ち着いたら、次はCuminの違った場所での展開なども考えているそうですが、きっと、その先にはまだまだ多くの野望が待っているはず。大いに期待しながら、次なる一手を楽しみにしたいところです。
Photo:Takuya Murata
Text:Osamu Hashimoto
Edit:Yugo Shiokawa
今回訪れた店
Salut(サリュー)
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷4-30-6 エビデンワビル 3F
電話:090-8667-9654
営業時間:11:30~18:00(LO.17:00)
定休日:月曜日・日曜日
https://www.facebook.com/salutmonkey
https://www.instagram.com/salutmonkey/
筆者プロフィール
橋本修(はしもと おさむ)
スパイスディーラーとしてストリートで名を馳せ、2017年からはカレーに特化した食ライターとしての活動を開始。先日、ライムスター宇多丸氏がパーソナリティを務めるTBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション」のカレー特集にも出演。電波の上でも日本のカレー事情をスムースにオペレートした。DJ、音楽ライターとしても活躍中。(イラスト:@animamundi_)