最高級な一着で、毎年袖を通すたびに幸せを感じます
さて、第6回めはエルメスのダッフルコートです。立冬を過ぎた途端、一気に寒くなって、秋の装いを楽しむ間もなくコートの出番がやってきちゃいましたね…。なんて言いながらも、じつは無類のコート好き。これから「こじラグ」でも怒涛のコートシリーズをお披露目していく予定なんですが、振り返ると「こりゃ、タガが外れたな」と自戒するお買い物のひとつが、このエルメスのダッフルコートです(笑)。
『宝島』のLAST ORGY、『CUTiE』のHFAなどを読み耽っては、その動向をくまなくチェックし、裏原なんて言葉が生まれる前から学校サボって原宿通うほど藤原ヒロシさんに傾倒していた若かり日々。氏が某誌でエルメスのオレンジのダッフルコートを紹介されたときには、言葉通り衝撃が走り、それなりに持ってた有り金すべてを財布に押し込めて走り、エルメスの門を叩いたんです。ところが全然足りずに購入は見送り…。でも、ずっとずっと気になり続けていました。
そんな折に、エルメスに極上のヘリンボーン生地を提供しているムーアブルック(Moorbrook)社が倒産に追いやられ、今後二度と同じクオリティのものは生産できないとの話を聞きつけ、買っとかないと一生後悔するかも!と一念発起。まったく後先を考えず、清水の舞台からダイブすることに。いやぁ、若いって恐ろしい…。
もうそのときには原宿の魔法も弱まっており(笑)、「一生着ることを考えたら、オレンジが歩いてくるようなコートじゃないな」と冷静に判断し、メランジっぽい色合いが素敵なチャコールグレーを選択。当時マイサイズである48を選んだものの、だいぶユッタリめなサイズ感。マルタン・マルジェラがビッグシルエットを提案してたのもあって、イケてるでしょ?くらいな我が物顔で着こなしていましたが、時代と気分っていうのは意外と簡単に変わるもので…。他にもコートが増えるにつれ、「ジジぃになったらまた着るか」的な感じでクローゼットで寝かせる方向へ。
ただ、ダッフルコートって不思議なアイテムで、ある一定の周期で着たくなるんですよね。そんな気分に駆られてクローゼットの奥から引っ張り出しては着ちゃ寝かせを繰り返し、約20年が経過した次第です。そこまで頻繁に袖を通していないとは言え、状態はいまだに極上。ムーアブルックのヘリンボーン地は痛むどころか、柔らかさを増し、身体に馴染み、買ったとき以上の魅力を放っているようにさえ感じます。これぞ、まさに"エコラグ"!
ダッフルコートは、ややもすると冴えない浪人生みたいに見えがちですが、そこはエルメス。生地はもちろん、トグルや紐、紐を留めるレザーなどのパーツから、細部のディテールに至るまで完璧で、こんな僕でも上品で格のあるオトコに魅せてくれます。今では、このユッタリ感すら心地好く、オンの時はスーツやジャケットに重ね、オフの時は例のロロ・ピアーナのニットの上にフワッと羽織るような感じで着ており、なんなら毎年寒くなって袖を通すのが待ち遠しいほど。メチャクチャ高額で相当無謀だったんですが、本当にイイ買い物をしたと満足しています。
しかし、この満足がさらなる買い物欲を呼び起こし、エルメスのタグが付いた服が増え、例のオレンジの箱が山積みになっている部屋の一角を見ると、もしかしたら不幸への第一歩だったのかもしれません…。
Photo:Ko Maizawa
Text:Ryutaro Yanaka
『FORZA STYLE』シニアエディター
谷中龍太郎
さまざまな雑誌での編集、webマガジン『HOUYHNHNM』編集長を経て、『FORZA STYLE』にシニアエディターとして参画。現在までにファッションを中心に雑誌、広告、カタログなどを数多く手掛け、2012年にはニューバランス初となるブランドブックも編纂。1976年生まれ。