自分の好みばかりを他人に押し付けず、引くところは引いて食卓外交!
"世界には想像の遥か上を行く、お洒落な偉人たちがいた"。彼らのスタイルや生き方を学ぶことこそ、スマフォー(スマートな40代)への近道と考えた編集部員たちは『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任した大先輩である服飾評論家 林 信朗氏を訪ね、教えを乞うことに。新連載三回目は、尊敬するリーダーの首位に選ばれ、戦火においてもお洒落、贅沢を欠かさなかったウィンストン・チャーチルについてたずねます。
ヤナカ: センパイ! お忙しそうですね? だいじょうぶですか? ぼくもご無沙汰いたしておりましたが、お元気で?
林: いやいや悪い、悪い、妙に忙しくてね。ちょっと途中留守にしてたりもしてさ。FORZAもどうだね、絶好調で気絶しまくりですか(笑)。
ヤナカ: からかわないでくださいよ(笑)。今日はね、こんな、ちょっと珍しいものをお持ちいたしました。はい、どうぞと。
林:やや! ジャファケーキじゃないか。いつになくストイックな英国ものをお持ちになったねえ。
ヤナカ: へへへ。いろいろ調べて。
林:英国といえば紅茶でしょ。そのお茶受けで大人気なのがこのジャファケーキなんだが、向こうのスーパーに山積みされているぐらいポピュラーだから、日本のみなさん、かえってお気づきにならない。スポンジケーキの上にオレンジジャムとチョコレートをのっけたもんだが、この、ちょいとビターなオレンジとチョコレートのコンビを英国人は好むんだよね。しかも、この前お持ちいただいたマクビティのダイジェスティブビスケットは、日本のライセンス生産品で、むろんおいしいのだけれど、あの英国独特の雑駁さがなかったが、これは英国ものじゃないか。泣けるねえ! さあて、暑かろうがなんだろうが紅茶だ、紅茶!
ヤナカ:前回はチャーチルとお酒についておもしろいお話をたくさん伺いましたが、今日はチャーチルの食通ぶりについてですね! あの体だから、さぞかし大食いだったんじゃないですか(笑)。
林: うん、食べることが好きだし、大切にした男だね、チャーチルは。そして可能な限り食べ物でも食べ方でも自分流を貫いた男だ。
ヤナカ: いろいろこだわり所が多そう。
林: 例えば朝飯だが、おおよそ次のようなメニューだったようだ。ベーコンかハムのソテーにポーチドエッグとトースト、これにコールドミート(=シャルキュトリー=ハム、ソーセージなどの加工肉)のマスタード添え、二種の果物、オレンジジュースとごく薄い紅茶。これにシェリー酒の一杯が加わったという説もあるが定かではない。要はそうとうガッツリした朝食だったということだ。
ヤナカ: たしかに。これならお腹いっぱいだわ。
林: これをね、チャーチルはひとり、ベッドで食べる。画板のような、チャーチルのお腹の形にそってくりぬかれたテーブルを使って(笑)。旅先でも、基本、このカタチを踏襲するんです。
ヤナカ: ご家族と一緒じゃないですか?
林: 絶対ひとり。
ヤナカ: 愛妻のクレメンタインとも別々?
林: 「何回か一緒に食べたが、どうもうまくいかない」って(笑)。チャーチルにとってこの時間は、思索の時間なんだと思う。新聞に目をとおし、原稿の推敲をする。スピーチを練ったり、一日の作戦をたてる。いったんベッドルームから出たら、家族やスタッフがいるわけでしょ。家の外に出たら、チャーチルは首相になる以前から、英国政界で最も有名な政治家なわけだから、ひとりになることはできない。こういう自室で悠々と過ごす時間って貴重だったんですよ。
ヤナカ: なるほど。そういう時間の区切り方、たしかに必要かもしれませんね。ぼくらもひとりで食事をすますことも多いですけど、悠々と、というわけにはいかないですからね。昼飯食べても、パッと編集部に帰って仕事だものなあ。これからは、毎朝は無理としても休みの日の朝食は時間をたっぷりとって、今後のことをゆっくり考える、そういう習慣にしようかな。
林: いいと思うよ。その積み重ねが後に大きな差になるんだよ、きっと。
ヤナカ: ところで先輩、チャーチルの食べ物の好みはどうだったんでしょう? やっぱり肉ですか?
林: 後に「チャーチル家のクックブック」を著した、コックのランドマーレ女史やら秘書たちが口を揃えていうのは、チャーチルは「プレーンフード」を好んだということだね。あまり手をかけず、素材をシンプルに調理したという意味だね。肉ならステーキやロースト。添える野菜はエンドウ豆。野菜や果物は、自宅で栽培していたからね。シーフードはキャビア、ロブスター。スープならコンソメ、チーズはスティルトン。
ヤナカ: 意外に普通ですかね。キャビア、ロブスターは庶民的とはいえないが、そのほかは、ザ・英国人というかんじ。
林: ただ、ここでもぼくはこのおじさんただものではないな、と感心したんだが、チャーチルは料理はプレーンでも、その調理には絶対妥協しないのね。素材は最高にフレッシュでなければならないし、火の通し方、食べるタイミングにもうるさいから、家付きのコックや政府関係の飲食担当はいつも緊張してたはずですよ。
ヤナカ: う~む。チャーチルはそこにポイントを持ってくるか。
林: あるとき首相専用の別荘チェカースでロシアのモロトフ外相一行の歓迎晩餐会が行われた。そこでカタツムリの料理がでたんですな。ところがチャーチルはどうもそのデキが気に食わない。すこし乾燥しすぎている。ケイターを呼び出すや、「このどうしようもないネズミはツタンカーメンの墓から持ってきたのか!」と文句をつけた(笑)。キツい言いぐさでしょう?
ヤナカ: でも料理というか、食べることの真理を突いていますよ。和食でいえば、寿司や蕎麦、天ぷらを作る、それから、食べるタイミングね、それと通じるものもあるじゃないですか。
林: チャーチルが大切にしたのは、まさにそういうことなんだよ。そんなチャーチルだって、いつも自分の好みばかりを他人に押し付けていたわけじゃない。引くところは引いていたんだよ。たとえば、前回も話したが、第二次大戦の真っ最中の1941年のクリスマス、チャーチルはヨーロッパでの戦いにアメリカを全面的に巻き込もうと、周囲の反対を押し切ってワシントンに向かう。ホワイトハウスに三週間滞在して、ルーズベルト大統領と連日連夜の会談を重ねるわけだが、なにしろトップシークレットの訪問だから、アメリカ側も「チャーチル好み」の食事を用意できなかった。
ヤナカ: チャーチルの仏頂面が目にうかびますねえ(笑)。
林: まず、チャーチルはルーズベルトが食前に作るベルモット多めの自慢のマティニが気にくわない(笑)。
ヤナカ: はいはい、チャーチルはエクストラドライ派ですものね。マティニ好きならみな知っています。
林: 食事の最初によくでてくるクリームスープがチャーチルは大の苦手だ(笑)。またルーズベルトが大好きなドイツ料理のアイスバインも口にあわなかったようで「たいへんけっこう。だが、ちょっとねちょねちょしとりますな」などといって徹底してルーズベルトの機嫌を損ねないようにしていたんです。
ヤナカ: あのオレさまチャーチルがですか(笑)。
林: この訪問で米国の協力をとりつけるつけないで英国の命運が決まるわけですからね。食い物どころのハナシじゃないんですよ。会食は料理そのものよりも、そこにいる人の満足、そして最終的になにが話されるかが大切であるというのが、グルマン・チャーチルの結論だったわけ。このホワイトハウス訪問は大成功し、アメリカは、太平洋での日本との戦いより、ヨーロッパでの戦いに力を入れると約束させる。数あるチャーチルの食卓外交の勝利のひとつですね。
ヤナカ: センパイ、この訪問では、チャーチルはファッションもルーズベルトを落とす武器にしたっておっしゃってませんでしたっけ?
林: そう。おもしろいよ~、このおじさんの考えることは。これは次回のチャーチル好みのファッション編で話そうじゃないか。
ヤナカ: OKです、センパイ! よろしくお願いします!
Text:Shinro Hayashi
Portrait:Kazuyuki Sugiyama
Edit:Ryutaro Yanaka
服飾評論家
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任した後、フリーの服飾評論家に。メンズファッションへの造詣の深さはファッション業界随一。ダンディを地で行く大先輩。