どんな服装をしようと自由だというのはわかっているのだが、佐江さんは一緒に歩くのが恥ずかしかったという。
だが……。
「他人の言うことを割と気にする性格なので、一緒に歩くのが恥ずかしくても私は黙っていたんです。家族思いで優しい人ですし、服装がダサいくらいは許容すべきなのかなと」
佐江さんの中にだけ”潜在的な問題”としてあった夫のファッションセンス。
しかし、それが表面化するきっかけがあった。
「10年近く前の春、夫の同僚の女性が主人にかけた一言がきっかけでした。普段はスーツで通勤している夫ですが、その時は会社の歓迎会が休日にあり、私服を着て職場の皆さんと日帰りでキャンプに行ったんです」
その日に夫がどんな服装をしていたか、佐江さんは具体的には覚えていない。
しかし、キャンプから帰宅した夫が、珍しく脇目も振らずに佐江さんの所までやってきて嬉しそうに話しだしたため、当時の会話の記憶は鮮明だ。
「ある女性社員から『その服ってどこのお店で買ったんですか?』って聞かれちゃった、と嬉しそうに報告してきたんです。私、うっかり吹き出してしまって」
佐江さんが笑ってしまった理由がわからない夫は、笑顔のまま『俺って意外といい線いってるのかもな』と言いながら、キャンプで撮った写真を見せてくれたのだそう。
「夫に一声かけたという女性は写真で見る限り、きれいな人だったと記憶しています。その日の夫の服装は覚えていませんが、当時の私は認識していたはず。当日の彼の姿を見ているわけですし、何より話を聞いた時、夫が褒められたのではなく、イジられたんだと直感したことをよく覚えているからです」
佐江さんは正直なところ、『ダサいくせに、女に話しかけられたくらいで浮かれてるんじゃないわよ』という気持ちになった。
その気持ちには多少の嫉妬も含まれていたかもしれない。
数年間も気を遣って触れずにおいた『夫ダサい問題』。
しかしながら、いつにない流れから、佐江さんはついにそこで余計な一言を口にしてしまう。
☆お世辞にもファッションセンスがあるとは言えない佐江さんの夫。後編では、そんな夫のさらなる迷走っぷりを詳報していく☆
取材/文 中小林亜紀