世に数多くある「習い事」のなかでも、一際異彩を放つのがバレエだ。バレエの世界で生きていきたいと願う小・中・高生の晴れ舞台の裏には、想像を絶する努力や苦労、母親の思惑や子どもを利用したマウントの取り合いがある。
「うちの教室では、生徒さん自身がコンクールへの出場を希望すれば、全力でバックアップします。生徒さんの人数が多いお教室では、誰が出るかで揉めるみたいですけど、うちは小さい教室なので……」
そう話す矢上芽衣子さん(仮名・25歳)の教室には、大きな教室でコンクールに出してもらえなかった生徒もやってくる。大きな教室ではたくさんのレッスンを受け、多額のレッスン料を支払っている生徒がコンクールに出してもらえることが多い。本人のスタイルや才能も加味されるが、たいていは出してきた「お金」が重視される。
「私自身は両親がレッスン料をたくさん払ってくれて、ほぼ毎日行われる通常のレッスンに加え、コンクールに出るための特別レッスンも受けていました。度胸をつけるために、よそのバレエ教室の発表会にも出演料を払って出ていましたね」
その甲斐あって、コンクールでいくつもの賞を受賞した芽衣子さん。疲れ、辛くなることもあったが、彼女自身はバレエを楽しんでいた。役柄が自分にぴったりはまったと感じた瞬間は忘れられないという。
「だからこそ希望する生徒は、できるだけコンクールに出してあげたい」と語る芽衣子さんの表情が曇る。
「本人はもうバレエに限界を感じていたり、ほかのことに興味が出始めていたりするのに、お母さまがコンクールに出ることを強く希望しているというケースがあるんです」
芽衣子さんは基本的に生徒本人の気持ちを尊重したいと考えているが、生徒の母親がそれを許さないのだ。その母親たちは、自分自身の夢を自分の子どもに重ね、子ども本人の気持ちなど全く見えなくなってしまっていることも多い。
バレエをやめたいと考えている子どもが、それを言い出せないほどに「自分の子どもがバレエをしている」という状況に夢中な母親。彼女たちは、自分の子どもたちバレリーナとして美しくあるためには努力を惜しまない。
例えば、年ごろの子どもたちの食事を厳しく制限し、バレエのこと以外を禁じてしまうなどするのだ。
そして母親たちは、「バレエママ」として、娘の衣装の写真やレッスン姿を載せるSNSを持っている。美しい娘の姿が見ず知らずのフォロワーたちにほめたたえられることに快感を覚え、やめられなくなってしまっている人も多い。
ママ同士でも情報交換をしあったり、娘のコンクールの結果でマウントを取りあったりしている。自分が注目を浴びることにばかり情熱を注ぐ彼女たちは、もう子ども自身の気持ちなど考えられなくなっているのだ。
「バレエダンサーを目指す子どものための食事」として、自分が作った料理の写真をSNSに載せて称賛を浴びている母親の娘は、母親の目を盗んで買い食いすることを覚え過食傾向にある。
次回の記事では、子どもの気持ちを省みず、自らに「子どもを全力でサポートする素敵なお母さん」像を当てはめて酔いしれる母親たちの無責任な実態を、さらに詳しく追及してみたい。
ライター 八幡那由多