公益社団法人日本生産性本部が2021年に実施したメンタルヘルスの取り組みに関する企業アンケートによると、コロナ禍が自社従業員のメンタルヘルスに悪影響を及ぼしたと感じている企業は、全体の約4割に及んだのだとか。その理由として約9割の企業が挙げたのが「コミュニケーションの変化」だったという。会社員のメンタルヘルス悪化は、当然家庭にも影響を及ぼす。外からは見えづらい心の衰弱と、メンタルダウンが引き起こす暮らしの困窮は、現在進行形の大きな課題だ。
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今回は、明るくひょうきん者だった夫がいつのまにかメンタルダウンし、見る間に家庭生活が傾いていったというある女性に話を聞いた。
進藤すみれさん(仮名)は、33歳のパート従業員。もともとは長く専業主婦をしていたが、現在は日中物販の店で働く傍ら、週に数回夜のお店でも働いている。半年ほど前、すみれさんの夫は体調を崩して突然会社に行けなくなった。短大を卒業した直後に授かり婚したすみれさんには、来年中学入学を控えた1人息子がいる。
「夫は冗談ばかり言っているような楽しい人でしたが、根が真面目で、仕事1本の人でした。コロナでお取引先との意思疎通が思うようにいかなかったことや、会社の皆さんとコミュニケーションが取りにくかったことが、彼を追い詰めたのかもしれません。いろんなことが積み重なり、突然電池切れになったんでしょうね。最終的には、外に出られなくなっていました」
すみれさんの夫はいつからか寝つきの悪さに悩むようになり、やがて深刻な食欲不振に陥ったという。会社に行っても帰ってきてしまうことが続き、病院に連れていきたかったが頑として拒まれ、フルで会社に行けなくなってからの数か月は、何かを食べさせるだけでやっとだったのだそう。
「病院に行って診断してもらわないと休職の手続きができないのに、俺は病気じゃないと言って行ってくれないんです。このままでは会社を辞めると思ったので、半年ほどしたころ泣いて訴えると、夫はようやく受診してくれました。案の定うつと診断され、会社は休職扱いになって給与が何割かは出るようになったんです。でも、最初の振込まで時間がかかるかもと言われて焦りましたし、もちろん手当は期間限定です。私は目の前が真っ暗になり、子供が寝たあと、毎日泣いていました」
できればずっと泣いていたかったが、そうもしていられなかったすみれさんは、取り急ぎ現在の職場を見つけて勤め始めた。しかし、レジ打ちや商品の陳列・在庫管理といった業務をこなしても月に8万程度しか稼げない。
「夫の復調を待っていたら、うちは破綻すると思いました」
息子の中学進学を前に、分譲マンション購入を決め頭金を決済したばかりだった進藤家。折悪しく、預貯金は当座のローン返済額を除けば底をついている状態だった。就業経験がほとんどないすみれさんは、自分が稼ぎ頭となるにしても、企業に一般職などで採用されることは難しいと予想した。
「日々の生活費をどうしようかと思いました。息子の中学の制服を買うのにだって10万円以上かかります。うちは両家とも親に頼れないですし。それで仕方なく、時給が良いイメージのあった夜のバイトを探すことにしたんです」
酒に弱くろくに飲み屋にも行ったことのない自分に夜職が務まるのか。すみれさんは大きな不安を抱えたまま、いくつかの店の面接を受けたり体験入店を試みたりした。
「どのお店も、自分が感じたことのない空気に包まれていましたね。その場にいるだけで怖いような。本当にこんな世界で働けるのかなと、不安しかありませんでした。でも、背に腹は変えられません」
比較的年齢層の高い女性が複数在籍していたキャバクラも悪くないとは思ったが、最終的には会員制を掲げているスナックで採用が決まった。
「あまり水商売に慣れていない感じの女の子が欲しいというママさんで、私を一目で気に入ってくださいました。33歳にも子持ちにも見えないねとお世辞を交えておっしゃいました。パワフルで人情深く、とてもいいママさんです」