「県大会に勝ち残ったくらいの時期から、夫の心から『家庭』というものが抜け落ちていくのが良くわかります。彼は、高校生のサッカーチームの監督として、彼らを勝利に導くことに必死です。『県大会で負ければ休みができるし、子どもたちとも遊んでやれるんだけど』とつぶやいてみせることもありますけど、それが本心でないことくらい、私にもわかります。彼は、自分のチームを勝たせ続けたいし、いつかは、全国大会で優勝という栄冠を手にしたいのでしょう。」
成美さんの口調はどんどん重くなる。
「全国大会で負けても、ほかの強豪校の試合を生徒に見せたいからと数人だけで東京に留まるので、私と結婚してから彼は、一度も年越しを私や子どもたちと過ごしたことがないんです。帰って来ても、卒業生たちの同窓会に呼ばれて出かけたり、年始早々『友だちからあけましておめでとうのLINEの返事がないから死にたい』と言う生徒のもとに駆け付けたりと大忙しです。すまなさそうにはしていますけど、私は最近、夫は本当は、申し訳ないなんて微塵も思っていなんじゃないかって疑っています。」
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