懐かしくも新しい。角型時計の永世定番
1920年代、アメリカではこの時代を"狂騒の時代”と呼ぶ。
第一次世界大戦が終わり、戦争のおかげで発展した重工業は自動車、飛行機を発展させモータリゼーションがやってくる。それらの乗り物は人を短い時間で遠くに運び、世界を一変。そして発展は近代的都市を生み出した。繁栄の時代(バブル)ですね。このバブリーな時代を映画『華麗なるギャッツビー』では描かれています。
そして、アメリカ、ヨーロッパでは、この頃から建築や工業デザインがアールヌーボからアールデコへと流行が変遷するんです。
アールデコとは、NYのエンパイアステイトビルやクライスラービルに代表される幾何学的図形をモチーフにした記号的表現などのこと(一例)。一言で言うと保守的なデザインではない先進的なもの。ファッションではそれまでのコルセットなどがなくなり、シンプルでスタイリッシュなものへと変わっていく。この時代に活躍したデザイナーとして知られるのが、かの有名なココ・シャネル。
世にも稀な反転時計の誕生
狂騒の時代も長く続かず、1930年に終わり、世界大恐慌を迎える。そんな時代背景の中で1931年(ちなみにキングコングもこの時代にNYを徘徊)に誕生したのが、ルクルト(現ジャガー・ルクルト)の「レベルソ」。
1920年代の繁栄の象徴として産まれた「レベルソ」のモデル名はラテン語で“回転”を意味する。これはまさにアールデコ調の直線的なデザイン。そう、丸型ではないのです。そして時計が回転して裏を見せる。ポロ競技にてガラスに傷をつけないことを意図して作られたというが(スポーツでは使わないでください)、今では両面文字盤のタイプもある。

やはり1本目に買う時計は丸型のオーソドックスなタイプを選ぶべきだが、何本も持っているコレクターやスーツやドレスを着る機会が多い方ならば、角型は一本は押さえておきたいところ。男性なら年齢より5歳くらい年上に見せてくれるし、女性ならば大人の落ち着きを演出してくれます。
表が白で裏が黒にダイヤ付きなど、オン・オフで文字盤を使い分けられる楽しみも「レベルソ」ならでは。僕はGMTというものを持っていますが、これは割と小さな時計で文字盤で両面でいくつもの機能を持ち合わせています。装着感も抜群に良いです。
現在のジャガー・ルクルト社は、1833年にルクルトとして創業。1937年に改名して現在に至ります。なおアメリカでは諸所の事情から1985年までルクルトとして販売が続きました。
さて、そんな出自を持つ「レベルソ」ですが、名優スティーブ・マックイーンもこよなく愛用していました。その姿を確認できるのが、1968年に公開された映画『華麗なる賭け』なのです。
映画にも愛された美しい顔立ち
アクションスターであったマックイーンが初めてスクリーンでスーツ姿をお披露したこの作中で、スポーツウォッチがお気に入りだった(ロレックスなど)彼にとっては「レベルソ」は今までになかったテイストでした。

内容は今で言うところのラブサスペンス。マックマイーン演じる大金持ちトーマス・クラウンが自分の満足のために銀行強盗を計画。その事件担当の保険金調査員ビッキー(フェイ・ダナウェイ)は、犯人はトーマスだと見抜き、彼に近づいていくが、お互い惹かれあってしまい……。というストーリーで、逃げる大金持ち、追う保険調査員が恋仲になりつつも騙し合う。
ハリウッド映画であるがフランス的な情緒を持ち合わせた本当にオシャレな映画。フェイ・ダナウェイの衣装は何枚着替えるのかと思うほどファッションショー状態。マックイーンのスーツもそれに準ずる。
流れる音楽を担当したのが、フランスの重鎮ミッシェル・ルグラン。主題歌は誰もが聞いたことのあるメロディ。映像的挑戦も素晴らしく、マルチ画面や時代を反映した幾何学的図形の組み合わせを色とりどりで見せるオープニングタイトルなど、デザインや服飾系を目指す者にとっては絶対に見なくてはならない映画だと言えます。

僕としてはかなり好きな映画。もし自分が『ルパン三世』を実写で作るなら、こんな風に作りたいとまで思っていたりも。
さて、映画で最も「レベルソ」が活躍するのは、なんとラストシーン。途中、ポロ競技のシーンもあるんですが、残念ながらそこでは使っていません(というか当たり前)。この映画のラストシーンの余韻の中で「レベルソ」は彼の腕にひっそりと成功者の証として存在感を放ってます。
ちなみにこの映画にはリメイク版がある。それが『トーマス・クラウン・アフェア(1999年公開)』。
こちらは「007」を演じていたピアース・ブロスナンが主演で、絵画泥棒に設定されています。大金持ちなのは同じです。マックイーン版と異なり、保険調査員との間がかなり激しい描写であるのとクライムストーリーがより強くなっています。また、犯罪がとてもスタイリッシュに楽しく描かれています。なんともいえないサプライズ(ちょい)が心地よいラストシーン。これはまた違ったトーマス・クラウンの姿が堪能できます
ちなみにこの作品でもジャーガー・ルクルトの「レベルソ」は頻繁に活躍します。ぜひ見比べてみてください。

値段が高い腕時計は世の中たくさんあります。「レベルソ」はそんな中で、どちらかと言えばリーズナブルな部類の時計かもしれない。それでいて、年齢を重ねていくあなたをその都度で素敵に演出してくれます。
ストーリー性、繁栄の時代をオマージュしたアールデコ調のデザイン性、そしてジャガー・ルクルトの揺るぎないマニュファクチュールとしての技術力。懐かしくも新しい。それが「レベルソ」の魅力なのです。
Text:Noritaka Ishida
