「それでも、私は節約のプロだから任せてと胸を叩いていました。パートしながら安い食材を選んで買って5人分の食事や弁当を作るだけでも大変なのに、京美は親父さんの介護を週に数回、妹と交替で通いでやっていて、心身ともにかなり疲労していたと思います」
俊英さんは洗濯や食器洗いや風呂掃除などを買って出て、少しでも京美さんの負担を減らそうと努めてきた。しかし、お金の苦労は夫婦共通の悩み。どうすることもできない。
「僕はとにかく営業三昧の毎日なのですが、イベントも様子を見ながら規模を縮小して実施するというお客さんが多いので、以前のレベルまで回復するまでにはまだまだ時間がかかりそうです」
家計簿をつけながらため息をつく妻に、俊英さんが「悪いな」と声をかける毎日。京美さんは「なんであなたが謝るの?ごめんね、またため息ついちゃって」と笑顔で返した。京美さんの強がる姿を思い出したのか、話しながら俊英さんが表情を曇らせる。
「良い物を買って長く着るタイプの妻ですが、コロナや不況で衣類や靴などを買うタイミングを逸したんだと思います。手持ちの服や靴などが傷んできているのに、自分の物を買う余裕がなかったんですよね。長年愛用してきたブーツの底が外れてしまい、接着剤でもうまくくっつかずに奮闘している後ろ姿を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました」
京美さんなら持ち堪えて頑張り通してくれる。申し訳ないと思う反面で、俊英さんは妻の「強さ」を過信していたという。そんな中、俊英さんは家の中のある変化に気づく。
「最初におかしいと思ったのは、風呂場のシャワーヘッドが変わっていたことです」
それがいつ交換されたのか、俊英さんにはわからなかった。
「僕は細かいことに気が付かないタイプで、前のシャワーヘッドの中心が少し割れていて、お湯が一筋あさっての方向に飛び出していたのがなくなったな、と思ったんです。それでよくよく見てみたら、新しい立派な感じのヘッドに変わっていることに気づきました」
シャワーヘッドのことをさり気なく聞いてみると、いつも穏やかな京美さんが目を見開いて鋭い口調で言葉を返してきたという。
「僕、まったく責めるような話し方をしていなかったと思うのですが、恥ずかしいことがバレたような顔をして『割れてたから買い替えただけでしょ、そんな買い物さえ許されないの?』と食ってかかってきたんです。びっくりしてしまいました」
妻はそのシャワーヘッドが洗浄能力が高くて肌に良いだけでなく、抜群の節水機能があることを力説し始めた。妻の迫力に気圧され「いいよ、もちろん、全然かまわないよ」と答えた俊英さん。
「僕がかけたその『いいよ、もちろん』という言葉を聞いた時の京美の表情は凄かったですね。無罪判決を受けたかのような晴れやかな顔というか、うまく言えないけど」
その会話を境に、京美さんは夫に隠すことなく、たかが外れたように買い物をし始めた。しかし不思議なことに、それらの買い物はすべて深夜の通販番組で紹介されたアイテムばかりだったという。
どんどん通販番組にのめり込んでいく京美さん。健気な節約主婦が沼った通販依存の末路とは。後編に続く。
取材/文 中小林亜紀