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1992年日産はどんな車を出していた? 世相と車の歴史をアーカイブで紐解く

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同2月3日、日産セダンのフラッグシップ、プレジデントにJSシリーズを追加。日産いわくプレジデントは「ファーストクラスの移動空間を提供する国産最上級フォーマルサルーン」と位置付けていたショーファードリブンなモデル。いつかは後席に乗るべきVIPなクルマでした。4.5LのV8エンジンVH45DE搭載。595万円~795万円。

2月4日、プレーリーをマイナーチェンジ。RVブームも手伝ってカンガルーバンパー風のバーにイエローのフォグランプを装着。クルマのコンセプト自体はミニバンというよりMPVといった感じ。上級モデルは2.4L直4に5MTを組み合わせたグレードも設定。ある意味で贅沢な時代でしたね。2L直4モデルなら138万1000円から用意されていました。

3月9日、ブルーバード登録累計400万台を達成。この数字は乗用車だけのデータなので、いかに日産の看板車種であったかご理解いただけると思います。初代モデルは1959年誕生というのですからヘリテージそのものといって過言ではありません。3代目の510型はサファリラリーで活躍し、石原裕次郎さんの主演で「栄光への5000キロ」なんて映画にもなりました。6代目からFF車へと転換。1992年当時はデビュー2年目となる9代目。存在感が薄くバブル期に浮上できず。



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