「夫はそこまで興味もない。事務所の人は気付いているけれども、特にそこには触れていません。ウチはやることさえやっていればいいので」
他人の目から見れば、香織さんは圧倒的に恋愛経験が少ない。これまでに男女の関係を持ったのは、夫だけ。魅力的な41歳の男がもたらす刺激は、強すぎるのではないだろうか。それは、香織さんの人生を蝕む麻薬になってしまうのではないだろうか。
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「夫と一緒にいても、ボスのことばかりが頭に浮かぶんです。隣に夫が眠っていても、“なんでこの男がボスじゃないんだ”と思うようになりました。夜中に呼び出されてタクシーを飛ばしてボスの家に行き、夫が起きる前に帰ってきたこともありました」
夫はおそらく関係に気付いている。しかし、それに対して、とやかく口出すことはしない。
「先に私を拒否したのは夫ですから。きっと夫にしてみれば、妻がヨソでしているから、ホッと一安心していると思いますよ」
しかし、物事はそう単純ではない。最近、香織さんはふっくらと肉付いてきたという。
「この事務所に入ってから、夕飯をデリバリーで頼むようになっているので、食べすぎだとは思うんですけれど。生理についてはもともと不順なので来たり来なかったりなのですが、ひょっとしたら……と思っています。でも、ボスは他の女性と関係を持ちすぎて、男性不妊だと言っていましたし。でも授かっていたら嬉しい。夫もきっと私と一緒に子供を育ててくれると思っています」
香織さんは「少子高齢化で、授かった命は皆で育てるのが人間としての営みとして正しいのではないか」と言うが、実際に夫は何を考えているのだろうか。妊娠検査は踏ん切りがつかなくてしていないという。本来なら早めに検査し、検診を受けて産院を確定しなくてはならない。東京の場合、人気産院の予約枠は早期に埋まってしまうからだ。
「楽しみでもあり、怖くもあるんです。しばらくはこの状況にドキドキしたいと思います」
恋する女性は周囲の状況が見えなくなりがちだ。ボスは香織さんを単に欲望を処理する相手として見ているのにすぎなかったら、どうなるのか。夫が浮気相手に夢中になる妻にどのような感情を持っているのか……それは本人にしかわからない。
Text：Aya Sawaki
